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次に薬物を内服した時のコンパートメントモデルについて考えてみましょう。 この場合、薬物は胃や腸といった吸収部位から血中に徐々に吸収され、体外に徐々に排出されます。 そのためモデルとしては吸収区画と血液区画の2つがある2コンパートメントモデルになります。 しかし静注1コンパートメントモデルと対応させるために、薬物動態学分野では内服1コンパートメントモデルと呼ばれることが多いようです。
吸収区画は静注1コンパートメントモデルの血液区画と同じですから、次のような関係が成り立ちます。
血液区画の濃度Ccは吸収区画からの吸収と体外への排出の両方によって変化します。 そのため変化速度vcについて次のような関係が成り立ちます。
この関係式と初期条件「t = 0の時、Ca(t) = C0、Cc(t) = 0」から、血中濃度関数Cc(t)の姿を数学的に導くことができます。 それは次のような指数関数であり、図14.2.2のようなグラフになります。 (注1)
吸収速度定数kaと排出速度定数keは、やはり実際の血中濃度測定データに非線形最小2乗法を適用して求めます。 しかし以前は、この場合も対数変換を利用した近似的な簡便法が用いられていました。 まず内服1コンパートメントモデル関数を次のように書き直します。
するとα > βですから、tが大きな部分では次のように近似できます。 これをβ相といい、図14.2.3の青色の破線で表した回帰直線で近似できます。
β相はka > keなら排出部分を反映する排出相になり、ka < keなら吸収部分を反映する吸収相になります。 しかし普通の薬物は吸収よりも排出の方が遅いので、β相のことを無条件に排出相と呼ぶこともあります。
次にこうして求めたAとβを用いてβ相よりも前の部分を次のように表します。 そしてこの対数変換されたデータに回帰直線を当てはめることによって、αを近似的に求めることができます。
この近似的な簡便法は、ちょうど血中濃度関数の後ろから皮をむくような感じで回帰直線を当てはめていくので皮むき方(peeling、stripping)とか残差法(method of residuals)とか呼ばれています。 現在ではこの方法で求めたパラメーターの値を初期値として、非線形最小2乗法によってデータに最も適合する関数を求めるのが普通です。
静注1コンパートメントモデルと同様に、内服1コンパートメントモデルでも関数Cc(t)を利用して次のような薬物動態学的指標を求めることができます。 (注2)
AUC(∞)は静注1コンパートメントモデルと全く同じ式です。 これは内服1コンパートメントモデルに限らず、薬物が血液区画を通して排出されると仮定した全てのコンパートメントモデルに共通な式です。 そのようなモデルでは、内部構造がどうなっていようと投与した薬物の全量が血液区画を通って排出されます。 そのため静注1コンパートメントモデルと同様に、AUC(∞)は初期濃度C0と排出速度定数keだけに依存するわけです。
半減期t1/2は、この場合は実際の血中濃度が半分になるまでの時間を表すわけではなく、体内の薬物量が半分になるまでの時間を表すわけでもありません。 この値は、同じ薬物を静注し、静注1コンパートメントモデルに従って排出される時に血中濃度が半分になるまでの時間を表します。 そのため排出速度定数keを感覚的に理解しやすい時間単位の値に変換したものと解釈した方が良いでしょう。
吸収よりも排泄の方が速い時、β相は吸収部分を反映します。 そのため排出速度定数を求めるには注意を要します。 内服モデルの場合、薬物を内服した時の血中濃度データだけでは吸収と排泄のどちらが速いのか決定することはできず、吸収速度定数と排泄速度定数を正確に決めることはできません。 これらを決定するには同じ薬物を静注した時の血中濃度データが必要です。 静注の場合は吸収速度定数がないので、排泄速度定数を正確に決定することができるのです。
内服モデルの場合、静注モデルと違って最大血中濃度時間tmaxと最大血中濃度Cmaxを簡単には計算できません。 この値を簡単な数式によって計算できるのは内服1コンパートメントモデルだけであり、2コンパートメント以上のモデルになると血中濃度関数の値を探索して近似的に求める必要があります。 (注3)
内服モデルの初期濃度C0は薬物の投与量q0を血液区画の分布容積Vcで割った値として求められます。 これはC0を血中濃度関数から求めるからです。 しかしこの場合、普通は投与した薬物が全て吸収されるわけではなく、一部しか吸収されません。 そのため血中濃度はその分だけ薄くなります。 薬物が血中に吸収される割合のことを吸収効率(fraction of dosee absorbed)または吸収率といい、「f」で表します。 この値を用いると内服モデルの場合の初期濃度C0またはVcは次のようになります。
そして吸収効率fは、同じ薬物を内服した時と静注した時のデータから次のようにして求めることができます。
薬剤学では、服用した薬物が全身循環に到達する割合のことを生物学的利用率(bioavaillability、バイオアベイラビリティ)といい、「F」で表します。 そして上記の吸収効率fのように、静脈投与に対する非静脈投与の吸収効率のことを絶対的生物学的利用率(absolute bioavaillability)と呼びます。 また特定の投与経路――通常は静注投与以外――を対照にした時の、それとは異なる投与経路における吸収効率の比のことを相対的生物学的利用率(relative bioavaillability)と呼びます。 絶対的生物学的利用率は0〜1の間の値ですが、相対的生物学的利用率は1より大きくなる時もあります。
ただし同じ薬物で静注製剤と内服製剤が必ずあるとは限りません。 そのため薬物の吸収効率つまり絶対的生物学的利用率が必ず求められるわけではなく、実際には求められない方が多いと思います。 そこで内服投与の場合は吸収効率f=1と仮定して内服コンパートメントモデルを当てはめることが多くなります。
それから特定の薬物を対照にした時の、それとは異なる薬物の吸収効率の比も相対的生物学的利用率といい、先発医薬品に対する後発医薬品の生物学的同等性を評価する時に用いられます。 生物学的同等については第5節で詳しく説明します。 (→14.5 生物学的同等性試験)
また単位時間あたりに体全体が浄化する薬物を含んだ仮想的な血漿容積を全クリアランス(total clearance)といい、次のように定義されています。
最後の式から、排出速度定数keは全クリアランスが分布容積Vdの何倍あるか、あるいは何分の1であるかを表す値であることがわかります。 例えばke = 0.2なら全クリアランスが分布容積の20%であり、単位時間あたりに分布容積の20%の体液を浄化する、つまり単位時間あたりに体内にある薬物の20%が排出されることなります。 同じ個体で全クリアランスが薬物によらず一定なら、次のようにして吸収効率を求めることもできます。
薬物の濃度Cではなく薬物量qの時間変化を関数q(t)で表すと、色々な区画における薬物量の時間変化を同一単位で表すことができるので便利です。 (注4)
体内の薬物量が半減する時間は関数qT(t)が半減する時間ですが、残念ながら簡単な式では求められません。 また血液区画の薬物量が半減する時間は、図14.2.4からわかるように本質的に意味がありません。 血液区画の薬物量関数qc(t)と静注1コンパートメントモデルの薬物量関数q(t)はqc(t)が最大値になる点(tmax、qmax)で交わり、両者のAUC(∞)は一致します。
薬物が全て尿中に排泄されるなら、尿中排泄量を測定し、それを累積することによって排出量関数qe(t)の実際のデータを得ることができます。 そしてそのデータから速度定数を求めることができますが、血中濃度のデータに比べて信頼性は低くなります。
(1)の微分方程式は静注1コンパートメントモデルと同じ形ですから、その解は次のようになります。
これを(2)式に代入すると次のようになります。
これは1階の微分方程式が線形関係にある式ですから、1階線形微分方程式と呼ばれています。 この形式の微分方程式を解くには、両辺に積分因子exp(ket)を掛けてから積分するという方法が一般的です。
ラプラス変換を利用すると次のようになります。
最後の式はどちらの表現を用いても同じですが、普通はka > keなので右の表現が用いられます。
このようにAUC(∞)は静注1コンパートメントモデルと同じ値になります。 半減期は吸収速度定数についての値と排出速度定数についての値が計算できますが、より重要なのは後者でしょう。 血中濃度が最大になる時間tmaxはCc(t)を微分して0と置いた方程式を解くことによって求められます。 そしてtmaxをCc(t)に代入することによって最大血中濃度Cmaxを求めることができます。
非線形最小2乗法では、これらの手法を利用して誤差平方和関数Q(C0、k)の最小値を求めました。 しかしこの場合は、これらの手法を利用して血中濃度関数Cc(t)の最大値を求めます。 でも関数の最小値を求めるのか最大値を求めるのかが違うだけで計算原理は同じですから、計算原理については第1節の(注2)を見て下さい。 (→14.1 コンパートメントモデル (注2))
qe(t)の式からAUC(t)に排出速度定数keを掛けた値は、それまでに系外に排出された薬物量を表すことがわかります。