図4.8は0.5Sv(=500mSv)以下の低線量被爆者について、被曝量と固形ガンの罹患率(病気になった率)の関係をグラフ化したものです。 罹患リスクの指標としてこの図でも相対リスクを用いていますが、やはり罹患率そのものの方が適しています。
図に描かれた曲線は「平滑化曲線」と記載されているものの、平滑化の方法は記載されていません。 しかし図4.7でスプライン・モデルを利用しているので、この図でもスプライン曲線を用いているのではないかと思います。 スプライン曲線は与えられた複数の点を通る滑らかな曲線で、隣り合う点に挟まれた各区間を高次式(二次以上の曲線)を用いて近似する方法です。 スプライン曲線は単に平滑化した曲線を機械的に描くだけであり、プロビット曲線のように医学的な意味はありません。
平滑化曲線の上下に描かれている点線の曲線は「1標準誤差の上限と下限」と記載されているので、これは約70%信頼区間になります。そしてこの信頼区間を約1.6倍すれば90%信頼区間になります。
この図の平滑化曲線を見ると、被曝量が0.15〜0.3Svの領域で平滑化曲線が少し上昇しているように見えます。 しかし曲線の上下の標準誤差幅を約1.6倍して90%信頼区間にしてみると、平滑化曲線の上昇幅はほぼ90%信頼区間内の変動であることがわかります。 そのため、これはデータの誤差変動である可能性が高いと思います。 しかもこの図のプロット(●)はかなりばらついているので、平滑化曲線ではなく、直線で近似してもプロビット曲線で近似しても、この程度の変動は全て90%信頼区間内に入ってしまうと思います。
資料89ページの中央より少し上に線量・線量率効果係数(DDREF)という指標が出てきます。 これは低線量・低線量率被曝の単位線量あたりのリスクに対する、高線量・高線量率被曝の単位線量あたりのリスクの比と説明されていて、これに相当するものとして低線量外挿係数という指標が推定されていると説明されています。
低線量外挿係数は「線形二次モデルの線形項に対する直線モデルの係数の比」と説明されているので、低線量領域における被曝量とリスクの関係を直線で近似した時の傾きと、二次曲線(放物線)で近似した時の傾きの比のようです。 例えば図4.7のプロットを直線y=ax+bで近似した時(線形モデル)、プロットが直線状に並んでいるとxの項の係数aが直線の傾きそのものになります。 それに対して同じプロットを二次曲線y=cx2+a'x+b'で近似すると(二次モデル)、x2の項の係数cは0に近くなり、xの項の係数a'はaとよく似た値になります。
しかしプロットが放物線状に並んでいて、被曝量が多くなるほどプロットとプロットを結んだ折れ線の傾きが急になっていると、二次曲線y=cx2+a'x+b'で近似した時、xの項の係数a'は直線状のプロットの時とあまり変わらずに、x2の項の係数cが大きくなります。 それに対して同じプロットを直線y=ax+bで近似すると、xの項の係数aはa'よりも大きくなります。
このことから直線と二次曲線のxの項の係数の比a/a'は、プロットが直線状に並んでいれば1に近くなり、プロットが放物線状に並んでいれば1よりも大きくなることがわかると思います。 そしてプロットが放物線状に並んでいると、低線量領域で被曝量が例えば0.1Sv増加した時のリスクの増加分よりも、高線量領域で被曝量が0.1Sv増加した時のリスクの増加量の方が多いことになり、線量・線量率効果係数が1よりも大きくなります。
被曝量−リスク関係をプロビット曲線(累積正規分布曲線)で近似すると、この曲線の傾きに相当する値がそのまま線量・線量率効果係数に相当する指標になります。 プロビット曲線の傾きが急だと、低線量領域を直線で近似した時の傾きと、高線量領域を直線で近似した時の傾きの比が大きくなります。 それに対してプロビット曲線の傾きが緩いと、低線量領域を直線で近似した時の傾きと、高線量領域を直線で近似した時の傾きの比が小さくなります。
図10.2.1と図10.2.2を見ると何となくわかると思いますが、プロビット曲線の傾きは、個人的な閾値の関数である正規分布の横幅が狭い、つまり個心的な閾値が集中していると急になり、横幅が広い、つまり個人的な閾値が広い範囲に分布していると緩くなります。 この正規分布の横幅のことを標準偏差といい、プロビット曲線の傾きはその標準偏差の逆数になります。 これらの指標は、薬剤の用量−反応解析において、用量と反応の敏感性を表す指標として用いられます。 (→当館の「統計学入門・第13章 用量反応解析 第4節 プロビット分析」参照)