玄関雑学の部屋雑学コーナー放射線による発がん

補足2

ガンと遺伝子

放射線による発ガンには遺伝子が関係していて少々複雑ですから、放射線による発ガンのメカニズムについて少し説明しておきましょう。 発ガンメカニズムの説明には、自動車のアクセルとブレーキの例がよく使われます。 生物の細胞は常に細胞分裂によって増殖していますが、通常、そのスピードはアクセルとブレーキによってコントロールされています。 しかし何らかの原因でアクセルを踏みすぎたり、ブレーキが利かなくなったりすると、細胞が異常に増殖してガンになります。

そのアクセルの役目をするものがガン遺伝子であり、これは細胞分裂を起こさせて増殖を促進する機能を持っています。 それに対してブレーキの役目をするものがガン抑制遺伝子であり、これは細胞分裂を停止したり、アポトーシス(細胞の自殺)を起こしたりして、増殖を抑制する機能を持っています。

例えばガン遺伝子としては「erbB-2」と名付けられた遺伝子が有名であり、ガン抑制遺伝子としては「p53」と名付けられた遺伝子が有名です。 これらの遺伝子と発ガンの関係は色々と研究されていて、僕も実際にそういった研究のお手伝いをしたことがあります。

多段階発ガン仮説

原理的には、ガン遺伝子やガン抑制遺伝子が突然変異して正常に働かなくなるとガンが発生します。 しかしガン遺伝子やガン抑制遺伝子には多くの種類があり、しかもそれらが複雑に組み合わさって細胞増殖のスピードをコントロールしています。 このためひとつやふたつの遺伝子が変異しただけではガンは発生せず、多くの遺伝子変異が積み重なった結果、最終的にガンが発生するという多段階発ガン仮説が現在は有力視されています。

放射線による発ガンメカニズム

放射線は高いエネルギーを持つ素粒子または光子の流れのため、原子から電子をはじき飛ばしてイオン化する作用つまり電離作用を持っています。 そのため放射線を浴びると電離作用によって細胞中のDNAの一部が傷つき、遺伝子が変異することがあります。 しかしDNAは二重螺旋構造によってゲノム情報を重複して持っているため、DNAの一部が傷ついてもガン抑制遺伝子の働きでそれを修復することができます。 また修復しきれない時は、やはりガン抑制遺伝子の働きで細胞がアポトーシスを起こし、傷ついたDNAを取り除くことができます。

ところがガン抑制遺伝子が突然変異などで不活性化している場合はその機能が働かず、遺伝子が変異した細胞がそのまま増殖し続けます。 またガン遺伝子が突然変異して異常に活性化している場合も、細胞が増殖し続けます。 そしてこういったガン抑制遺伝子やガン遺伝子の変異もまた、放射線によって引き起こされることがあります。

このような遺伝子の変異が積もり積もったあげく、細胞の異常増殖が抑えきれなくなって発ガンするという説が多段階発ガン仮説です。 発ガン率は加齢によって指数関数的に増加しますが、多段階発ガン仮説に従えば、その理由は年を取るほど遺伝子の変異が積み重なる確率が指数関数的に増加するからだということになります。

多段階発ガン仮説のように、いくつかの条件が積み重なった時に発病するというモデルを並列モデルといい、このモデルによる発病率の時間的変化はガンマ分布という特殊な関数で表すことができます。 この関数は解説6の図4.3被爆後のがん発生過程(模式図)のグラフとよく似ていて、多段階発ガン仮説の妥当性を表しているような気がします。 (→当館の「統計学入門 11.6 パラメトリック生命表解析」参照)

ガンと生活習慣

DNAを傷つけるものとしては、放射線以外にも紫外線や化学物質といった外因性の因子や、活性酸素や代謝産物といった体内に存在する内因性の因子があります。 こういった障害因子の種類や量は環境や生活習慣によって左右されるため、ガンの発生は環境や生活習慣によって左右されることになります。 また遺伝的にガン遺伝子やガン抑制遺伝子が突然変異していることもあるため、ガンは遺伝的素因と環境因子が複雑にからみ合って発症する生活習慣病の一種ということになります。

そのため発ガンのリスクを抑えるには、遺伝的素因と環境素因を考え合わせ、色々なリスクを総合的に考慮して、全体的な発ガンリスクを最も効果的に減らす方法を冷静かつ客観的に考える必要があります。