図4.2は被爆者群の累積死亡数と、その中で放射線による死亡と考えられる割合を棒グラフで表したものです。 疫学分野では被爆群の累積死亡率と非被爆群の累積死亡率の差を寄与リスク(attributable risk:AR)といい、寄与リスクを被爆群の累積死亡率で割った値、つまり被爆群の累積死亡数の中で放射線による死亡と考えられる割合のことを寄与リスク割合(attributable risk percent:AR%)といいます。 図4.2の説明には「原爆被爆者におけるがん死亡者中の放射線に起因する割合(寄与リスク)」と記載されていますが、ややこしいことに臨床分野では寄与リスクのことを絶対リスク(abusolute risk:AR)と呼び、寄与リスク割合のことを寄与リスクと呼ぶことがあります。
被爆群の累積死亡者数の中で放射線による死亡と考えられる数は過剰死亡数のことですから、結局のところ寄与リスク割合は被爆群の過剰累積死亡数を累積死亡数で割って100を掛けた値になります。 このことは表4.1と表4.2の「0.005〜0.2Sv」の欄の「放射線に起因する死亡割合」の右側に、(10/70)と(63/3391)と計算方法が記載されていることからもわかります。
相対リスクは被爆者群の累積死亡率と非被爆者群の累積死亡率の比であるのに対して、寄与リスク(絶対リスク)は被爆者群の累積死亡率と非被爆者群の累積死亡率の差です。 そのため非被爆群の累積死亡率が小さくても、相対リスクのように大きな値にはなりません。 また相対リスクは非被爆群の累積死亡率が0%の時、つまり死亡者がひとりもいない時は無限大になってしまい計算することができませんが、寄与リスク(絶対リスク)は計算することができます。
これらの特徴から、普通の人にとっては寄与リスク(絶対リスク)の方が放射線のリスクをより正確に理解することができると思います。 このことは図4.1と図4.2——特に棒グラフ全体の長さと過剰死亡数の長さ(濃い灰色の部分)——を見比べればわかっていただけると思います。
相対リスクと寄与リスク割合の間には次のような関係があり、相互に値を変換することができます。 この関係と図4.2から、寄与リスク割合は被爆者群の累積死亡率が小さいと相対的に大きくなる値であり、相対リスクと同様に普通の人がリスクの大きさを正確に理解するには不向きな指標であることがわかると思います。
寄与リスク割合:AR%= | RR - 1 ———— RR |
×100 |
相対リスク:RR= | 1 ———————— 1 - AR%×0.01 |
この変換式を利用して図4.1の寄与リスク割合から相対リスクを求めると次のようになります。
白血病:RR= | 1 ————— 1 - 0.49 |
=1.96 |
白血病以外の全ガン:RR= | 1 ————— 1 - 0.07 |
=1.08 |
胃ガン:RR= | 1 ————— 1 - 0.05 |
=1.05 |
結腸ガン:RR= | 1 ————— 1 - 0.12 |
=1.14 |
肺ガン:RR= | 1 ———— 1 - 0.1 |
=1.11 |
乳ガン:RR= | 1 ————— 1 - 0.25 |
=1.33 |
泌尿器ガン:RR= | 1 ————— 1 - 0.13 |
=1.49 |
図4.1の相対リスクの値と比べると、これらの相対リスクの値はかなり小さくなっています。 これは図4.1が1Svの放射線を被曝した人だけに限った時の相対リスクなのに対して、この値が5mSv以上の全ての被爆者についての相対リスクだからです。
図4.2には描かれていませんが、寄与リスク(絶対リスク)についても信頼区間を計算することができます。 信頼区間を計算するためには、被爆群だけでなく非被爆群のデータも必要です。 しかし非被爆群の例数は記載されていないため、仮に被爆群と非被爆群の対象者数が同じとして、表4.1と表4.2のデータを用いて白血病と白血病以外の全ガンの寄与リスク(絶対リスク)とその90%信頼区間、さらに相対リスクとその90%信頼区間を求めると次のようになります。
群 | 生存例数(%) | 累積死亡例数(%) | 合計(%) |
---|---|---|---|
非被爆群 | 51025(99.8) | 89(0.2) | 51114(100) |
被爆群 | 50938(99.7) | 176(0.3) | 51114(100) |
合計 | 101963(99.7) | 265(0.3) | 102228(100) |
群 | 生存例数(%) | 累積死亡例数(%) | 合計(%) |
---|---|---|---|
非被爆群 | 45765(91.3) | 4348(8.7) | 50113(100) |
被爆群 | 45426(90.6) | 4687(9.4) | 50113(100) |
合計 | 91191(91.0) | 9035(9.0) | 100226(100) |
この結果を見ると、信頼区間の幅が図4.1よりもかなり狭いことがわかります。 これは被爆者全員を対象にして計算しているため例数が多いせいです。 また白血病の相対リスクが図4.2の寄与リスク割合から求めた値とわずかに違いますが、これは寄与リスク割合の値が整数に丸められているからだと思います。