前口上 | 目次 | 第1章 | 第2章 | 第3章 | 第4章 | 第5章 | 第6章 | 第7章 | 第8章 | 第9章 | 第10章 |
第11章 | 第12章 | 第13章 | 第14章 | 第15章 | 第16章 | 第17章 | 第18章 | 第19章 | 第20章 | 付録 |
1 | 2 | 3 | 4 | 5 |
医学・薬学分野では、反応が計量尺度のデータではなく生/死や有効/無効といった名義尺度のデータでしか得られないことがよくあります。 この時、対象とする母集団の50%の個体が反応する用量を50%反応量といい、D50とかD50などと書きます。 例えば反応が生/死の時は50%致死量または中央致死量(median lethal dose)といってLD50と書き、反応が有効/無効の時は50%有効量といってED50と書き、反応が毒性有/毒性無の時は50%毒性用量といってTD50と書き、反応が阻害有/阻害無の時は50%阻害用量といってID50と書きます。
薬剤の安全性の指標としてはLD0(0%致死量)またはTD0(0%毒性用量)が理想であり、有効性の指標としてはED100(100%有効量)が理想です。 しかし現実にはLD0やED100を正確に推定するのは困難です。 そこで普通はLD50やED50を推定し、これらの用量を薬剤の安全性や有効性の目安にしています。
D50については用量と反応率の関係を調べ、それに基づいて反応率が50%の時の用量を推定します。 そのためには用量反応直線における目的変数を計量尺度の反応実測値の代わりに反応率にした手法を利用することが考えられます。 それは説明変数が計量尺度で目的変数が名義尺度の時の回帰分析であるコクラン・アーミテージの傾向分析に相当します。 (→5.3 計数値の相関分析と回帰分析)
しかし用量反応関係の場合、その関係を近似する関数を閾用量(いきようりょう、しきいようりょう、threshold dose)の分布に基づいて理論的に導くことができます。 閾用量とは、ある個体が反応を起こす最低の用量のことです。 例えば、ある人がお酒を呑んで酔いつぶれる最低の酒量は”酔いつぶれ反応”に関するその人の閾用量です。 この閾用量は、たった1合で酔いつぶれてしまう”酒に弱い人”もいれば、1升飲んでも大丈夫という”酒豪”もいるというように人によって様々です。
それと同様に特定の反応の閾用量も個体によって様々であり、閾用量はその反応特有の分布をしていると考えられます。 そして薬剤の閾用量分布は近似的に対数正規分布をすることが多く、用量を対数用量にすれば正規分布で近似できることが経験的にわかっています。 このことから用量反応率関数を理論的に導くことができます。
具体的なデータに基づいて用量反応率関数を理論的に導いてみましょう。 反応が名義尺度の時の試験デザインは反応が計量尺度の時の試験デザインと同様です。 例えばマウスに、ある薬物について0.01g/kg、0.1g/kg、1g/kg、10g/kg、100g/kgの用量を無作為に割り付けて投与し、反応数を観測したところ表13.4.1のようになったとします。 なお1g/kg群だけ他の群よりも多く割りつけてあるのは、このあたりの用量がD50と予想されるのでD50推定値の精度を高くするためです。
用量 | 反応数 | 非反応数 | 計 | 反応率(%) |
---|---|---|---|---|
0.01g/kg | 0 | 20 | 20 | 0.0 |
0.1g/kg | 2 | 18 | 20 | 10.0 |
1g/kg | 16 | 14 | 30 | 53.3 |
10g/kg | 15 | 5 | 20 | 75.0 |
100g/kg | 19 | 1 | 20 | 95.0 |
表13.4.1において0.1g/kg群で反応した2匹は閾用量が0.1g/kg以下だったマウスであり、反応しなかった18匹は閾用量が0.1g/kgよりも多かったマウスのはずです。 つまり反応した2匹のマウスの閾用量は0g/kg〜0.1g/kgの範囲の色々な値のはずです。 同様に1g/kg群で反応した16匹のマウスの閾用量は0g/kg〜1g/kgの範囲の色々な値のはずです。 そうすると1g/kg群の反応数16というのは、1g/kgの薬剤を投与された30匹のうち閾用量が0g/kg〜1g/kgまでのマウスを合計した数ということになります。
このことから表13.4.1の5群のマウスが同じ特性を持ち、薬剤に対する反応性が同じなら、用量が多くなるにしたがって反応率は必ず増加または横ばいになり、減少することはないと予想されます。 そして閾用量が対数正規分布する時、対数用量と反応率の関係は正規分布を累積した関数つまり累積正規分布関数になるはずです。 このことから用量反応率関数はシグモイド曲線(S字状曲線)になり、それは累積正規分布で近似できることがわかります。
第10章の第2節で説明したように、累積正規分布曲線は反応率をプロビット変換することによって直線に変換できます。 この原理を利用して用量反応関係を累積正規分布曲線つまりプロビット曲線で近似し、D50を逆推定する手法をプロビット分析(probit analysis)といいます。 表13.4.1のデータにその手法を適用すると次のようになります。 (注1) (→10.2 各種のシグモイド曲線)
要因 | 平方和 | 自由度 | χ2値 |
---|---|---|---|
回帰(直線性) | 38.5139 | 1 | 38.5139 |
ズレ(異質性) | 1.94123 | 3 | 1.94123 |
全体(用量) | 40.5552 | 4 |
表13.4.2の「全体(用量)」は5群の反応率の変動つまり用量の違いによる反応率の変動を表します。 「回帰(直線性)」は用量による変動の中で用量−プロビット直線つまり用量反応曲線で説明できる変動を表し、「ズレ(異質性)」は用量反応曲線では説明できない変動つまり用量反応曲線からのズレを表します。 そのため回帰の平方和とズレの平方和を合計したものが用量の平方和になり、回帰の自由度とズレの自由度を合計したものが用量の自由度になります。
また用量反応曲線の寄与率は回帰の平方和を用量の平方和で割った値であり、反応率の変動のうち用量反応曲線で説明できる変動の割合を表します。 データが出現率なので平方和がχ2値になることを除けば、これらは計量尺度のデータの用量反応解析と同様です。
このデータの場合、回帰の検定結果が有意でズレの検定結果は有意ではありません。 このことから反応率の変動には用量依存性があり、それはほぼ用量反応曲線で近似できる——曲線からのズレは5%程度——ということがわかります。 図13.4.2を見ると、確かに用量反応曲線は反応率のプロットとうまく適合していることがわかります。
ちなみに表13.4.1のデータにコクラン・アーミテージの傾向分析を適用すると次のようになります。 (→5.3 計数値の相関分析と回帰分析)
要因 | 平方和 | 自由度 | χ2値 |
---|---|---|---|
回帰(直線性) | 52.1752 | 1 | 52.1752 |
ズレ(異質性) | 1.79139 | 3 | 1.79139 |
全体(用量) | 53.9666 | 4 |
この場合も回帰の検定結果が有意でズレの検定結果は有意ではなく、用量反応直線の寄与率が約97%もあります。 したがってこのデータの場合、用量反応関係を直線で近似しても大差はないことがわかります。
またロジスティック回帰分析を用いた用量反応解析のことをロジット分析(logit analysis)といいます。 表13.4.1のデータにロジット分析を適用すると次のようになります。 (→10.3 ロジスティック回帰分析の計算方法)
要因 | 平方和 | 自由度 | χ2値 |
---|---|---|---|
回帰(直線性) | 27.8304 | 1 | 27.8304 |
ズレ(異質性) | 1.37662 | 3 | 1.37662 |
全体(用量) | 29.207 | 4 |
この場合も検定結果はプロビット分析と同様であり、両者の用量反応曲線は非常によく似ています。 そして理論的にはプロビット分析の回帰係数とロジット分析の回帰係数の間には次のような関係があります。
しかしロジスティック曲線は質的に異なる2つの群があり、それぞれの群の説明変数が正規分布する時に説明変数と一方の群に属す確率の関係を表す曲線です。 したがって用量反応解析のように閾用量の分布に基づいて用量反応曲線を求める時はプロビット分析の方が正確です。
プロビット分析は計算が複雑なので、ロジット分析で近似的に代用する時があります。 しかしコンピュータが発達した現在ではどちらの手法も計算可能ですから、プロビット分析を用いた方が正確です。 計算が簡単という理由で代用するなら、むしろコクラン・アーミテージの傾向分析を用いた方が計算が簡単で結果の解釈も容易です。 なおこれら3種類の手法の検定はたいてい有意性検定になります。 そのため検定結果よりも用量反応曲線(または直線)そのものや寄与率を科学的に検討する方が有意義です。
用量反応曲線を利用してD50を推定する方法は、用量反応直線を利用して特定の反応の時の用量を逆推定する方法と原理的には同じです。 ただし用量反応曲線の式が複雑なので計算方法が少し複雑になります。 プロビット分析によってD50とその95%信頼区間を求めると次のようになります。 (注2)
D50の用量メタメターx0は閾用量分布の平均値になり、用量−プロビット直線の傾きの逆数は閾用量分布の標準偏差になります。 このことから用量−プロビット直線の傾きが大きければ閾用量分布の幅が狭くなり、用量の変化によって反応が敏感に変化することがわかります。 したがって閾用量分布の標準偏差つまり用量−プロビット直線の傾きの逆数は用量と反応の敏感性を表す指標として利用することができます。
ちなみにコクラン・アーミテージの傾向分析によって求めた用量反応直線と、ロジット分析によって求めた用量反応曲線を利用してD50を推定すると次のようになります。
これらの計算結果から、どの方法でD50を推定しても大きな違いはないことがわかると思います。
反応が計量尺度の時と同様に、反応が名義尺度の時も実用量を用いて解析することができます。 表13.4.1のデータに実用量を用いたプロビット分析と、コクラン・アーミテージの傾向分析と、ロジット分析を適用すると次のようになります。
要因 | 平方和 | 自由度 | χ2値 |
---|---|---|---|
回帰(直線性) | 15.1168 | 1 | 15.1168 |
ズレ(異質性) | 28.9702 | 3 | 28.9702 |
全体(用量) | 44.087 | 4 |
要因 | 平方和 | 自由度 | χ2値 |
---|---|---|---|
回帰(直線性) | 26.1624 | 1 | 26.1624 |
ズレ(異質性) | 27.8042 | 3 | 27.8042 |
全体(用量) | 53.9666 | 4 |
要因 | 平方和 | 自由度 | χ2値 |
---|---|---|---|
回帰(直線性) | 9.77714 | 1 | 9.77714 |
ズレ(異質性) | 11.0948 | 3 | 11.0948 |
全体(用量) | 20.872 | 4 |
表13.4.1のデータは対数用量用のデモデータですから、実用量を用いるとズレが大きくなっています。 しかし薬剤の有効率は用量と比例することが多いので、臨床試験などでは実用量を用いた方が良い結果になることも多いと思います。 そのため薬剤の用量反応関係を検討するための臨床試験では対数用量を用いた解析結果と実用量を用いた解析結果を比較し、医学的により妥当な方を選べば良いと思います。
用量 | 対数用量 | 反応個体数 | 非反応個体数 | 総個体数 | 反応率 |
---|---|---|---|---|---|
D1 | x1 | r1 | n1-r1 | n1 | p1 |
: | : | : | : | : | : |
Di | xi | ri | ni-ri | ni | pi |
: | : | : | : | : | : |
Da | xa | ra | na-ra | na | pa |
理論的な反応確率がπiの時に、ni例中ri例が反応する確率は二項分布から次のようになります。
プロビット分析では個体の閾用量が対数正規分布し、対数用量反応率関係が累積正規分布になると仮定します。 そのため理論反応確率πiを次のように表すことができます。 この理論反応確率πiをプロビット変換してプロビットyiにすると、yiと対数用量xiの関係が直線になります。 (→10.2 各種のシグモイド曲線)
ロジスティック回帰分析と同様に、この対数用量−プロビット直線のパラメーターβ0とβ1の推定値b0とb1を最尤法によって求めます。 (→10.3 ロジスティック回帰分析の計算方法 (注2))
普通の最尤法では、次のように対数尤度を最大にする時のb0とb1をニュートン・ラプソン(Newton-Raphson)法によって近似的に求めます。
次のような少し変則的なニュートン・ラプソン法を用いると、プロビットが正規偏位であることを利用して回帰とズレの検定を効率的に行うことができます。
ここでb0とb1に適当な初期値b00とb10——例えば観測プロビットYiとxiの単純な回帰分析から求めた値——を代入して計算したプロビットを期待プロビットと呼び、期待プロビットを逆変換して求めた確率値を期待反応確率と呼ぶことにします。 これらの値を理論プロビットと理論反応率の代わりに用いて、観測プロビットを推測すると次のようになります。 これを実用プロビット(working probit)といいます。
この実用プロビットを用いてニュートン・ラプソン法を行うと、それは対数用量と実用プロビットの回帰直線y = β0 + β1xについて、重み付け最小2乗法によって係数β0とβ1の推測値を求めることに相当します。
収束後、対数用量xiと収束後の実用プロビットyiを用いて回帰とズレの分散分析を行うことができます。
要因 | 平方和 | 自由度 | χ2値 |
---|---|---|---|
回帰(直線性) | Sβ | φβ | χβ2 |
ズレ(異質性) | SLOF | φLOF | χLOF2 |
全体(用量) | Syy | φy |
この実用プロビットを用いた繰り返し計算法は反応確率が0または1のデータにも適用できます。 そこでこの方法を重み付け最小2乗法によるロジット分析に応用すると、出現率が0または1のデータがあってもそれらを除外せずにパラメータを求めることができます。 つまり出現率が0または1のデータがある時はそれらのロジットを期待値を用いて補完し、繰り返し計算によってパラメータを求めるわけです。 これを繰り返し補完法といます。 詳しい説明は「10.3 ロジスティック回帰分析の計算方法 (注1)」をご覧ください。 (→10.3 ロジスティック回帰分析の計算方法 (注1))
なお用量を0にしたコントロール群で反応があり、その反応率p0が0よりも大きい時は次のようなアボット(Abbott)の式によって補正します。 この補正はp0 ≦ 0.2なら適切に補正できるといわれています。
実用量を用いたプロビット分析はxとして用量そのものを用いるだけで、計算式は変わりません。 表13.4.1のデータについて実際に計算してみましょう。 実用量を用いたプロビット分析に興味のある人は自分で計算してみてください。
1回目と2回目の期待プロビットの差の最大値が0.01よりも小さいので、ここで計算を終了します。 そして次のような統計量を求めると、表13.4.2の分散分析表を作成することができます。
表13.4.1のデータについてD50の95%信頼区間を実際に計算してみましょう。 実用量を用いた時はx0の推定値をそのままD50の推定値にします。