n次の正方行列Xの成分を縦棒で囲み、次のような計算を定義したものを行列式(determinant)といいます。
何だかやたらと複雑でわけのわからない定義だと思いますが、この定義どおり計算することはほとんどないのでご安心ください。 n次の行列式から第i行と第j列を取り除いて作った(n−1)次の行列式に(-1)i+jを掛けたものを、元の行列式の(i,j)余因子(cofactor)といいます。 |X|の(i,j)余因子をXijと表すと次のようになります。
この余因子を用いると、行列式を次のように展開することができます。
(8.5)式を|X|の第i行に関する展開」、(8.6)式を|X|の第j列に関する展開といいます。 これらの展開をサルスの公式が適用できるまで続けていけば、手計算によって行列式を求めることができます。 行列式には次のような性質があります。
行列式と余因子を利用すると、次のようにして逆行列を求めることができます。
例として、第7章で掃き出し法によって求めた逆行列をこの式を用いて求めてみましょう。
行列式は連立方程式の解法に関連して工夫された演算子であり、行列との直接的な関係は逆行列以外にはあまりありません。 しかし物理学などではよく利用されるので、覚えておいても損はないでしょう。 行列式の理論は、連立方程式の解法に関連して江戸時代の天才的数学者である関孝和によって最初に発見され、その150年ほど後にヨーロッパで独自に発見されました。 行列式の理論を発見した時、関孝和はサルスの公式も発見しているので、日本の数学者の中にはサルスの公式を関−サルスの公式と呼ぶ人がいます。 僕もこの見解に賛成です。
ここで、逆行列を利用してn元連立1次方程式を解いてみましょう。 これは統計学分野でよく利用される方法です。 n元連立1次方程式、
Aが正則なら、その逆行列A-1が存在します。 そこで、それを両辺に左から掛けて次のようになります。
このn元連立1次方程式はただ1組の解を持ちます。 この場合も掃き出し法を利用し、次のように置いてa11〜annを軸にして掃き出せば、右端のベクトルbが解ベクトルxに変わります。 もし係数行列Aが特異なら、逆行列が存在せず不定解になります。
掃き出し法を利用したこの解法は、n元連立1次方程式の一般解を求めるための次のようなクラメル(Cramer)の公式を一度に行ってしまう便利な方法です。
n次の正方行列をn個のn次元列ベクトルと考え、行列式をそれらのベクトルの積の一種と考えたものを外積(exterior product)といいます。
例えば次のようなベクトルの外積を計算してみましょう。
図12のように、この外積は2次元ベクトル空間において原点、x、y、[x+y]で作られる平行四辺形の面積に、xとyのなす角θが正(反時計回り)なら正の符号、負(時計回り)ならば負の符号を付けた値になります。 このように、外積は結果がベクトルになることからベクトル積(vector product)とも呼ばれます。
同様に3つの3次元ベクトルx、y、zの外積は、3次元ベクトル空間において原点、x、y、z、[x+y]、[y+z]、[z+x]、[x+y+z]で作られる平行6面体の体積に、それらのベクトルの角度によって正・負の符号を付けたものになります。
一般にn個のn次元ベクトルの外積は、n次元ベクトル空間において、それらのベクトルを1つ以上結合した(2n−1)個のベクトルと、原点によって作られる超立体の体積に、ベクトルの角度によって正・負を付けたものになります。 そして図12からも直観的にわかると思いますが、n個のベクトルの中に同じ向きのものがあったり、他のベクトルの1次結合で表されるものがあったりすると、超立体の体積は0になり、外積も0になります。 つまり外積が0にならないベクトルの組は、1次独立なベクトルの組すなわちベクトル空間の基底なのです。 これが行列が正則の時は行列式が0以外の値になり、行列が特異の時は行列式が0になる理由です。
外積は、磁場の中に電場が存在する時、それらの垂直方向に力場が生じる現象を記述するために工夫された演算子であり、力学的には右ねじを回転した時に生ずる進む力のモーメントに相当します。 そのため物理学以外ではあまり利用されませんが、物理学に興味のある人は覚えておくと便利です。 ちなみに内積は、力学的には物体に対してある方向に力を加え、その物体がある方向にある距離だけ移動した時の仕事量に相当します。