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第5章で、任意のベクトルxはベクトル空間の基底z1、…、zi、…、znの1次結合として表されると説明しました。 この基底が直交基底である時を、特にベクトルxの直交分解(orthogonal decompose)といいます。 これは図9のように、ベクトルxを直交基底z1、…、zi、…、znで表される直交座標軸上に正射影する――ベクトルxの先端から直交座標軸に垂線を下ろし、原点からその点までのベクトルを作る――ことを意味します。
この時、三平方の定理(いわゆる「ピタゴラスの定理」、この定理はピタゴラスが生まれる1000年以上前から知られていた!)をn次元に拡張したものから次のような関係が成り立ちます。
aiziはxをzi上に正射影したベクトルなので、係数aiは次のようになります。
この式の最初の表現より、係数aiはziを座標軸と考え、‖zi‖を1単位とした時のxの座標値に相当することがわかります。 もしz1、…、zi、…、znが正規直交基底なら‖zi‖=1になり、次のようにもっと簡単な関係になります。
さらにこの正規直交基底が基本ベクトルならaiはxの第i成分xiそのものになり、三平方の定理は次のようにベクトルの大きさの定義そのものになります。
正規直交基底z1、…、zi、…、znによるベクトルxの直交分解において、成分ベクトルaiziの係数aiは(6.4)式より、
さらに正規直交基底z1、…、zi、…、znを行ベクトルにして、それを並べた正方行列Z'を作ると次のように表すことができます。
一方、元の直交分解の式(6.1)は次のように表すことができます。
正規直交基底を成分ベクトルとする正方行列のことを正規直交行列(orthonormal matrix)といいます。 (6.5)式と(6.6)式からわかるように、正規直交行列Zの転置行列Z'は、基本ベクトルに対応する基本的な直交座標系から見たベクトルxを、その行成分ベクトルである正規直交基底に対応する直交座標系から見たベクトルyに変換する役目をし、元の正規直交行列Zは逆にyをxに変換する役目をします。
このように、ある直交座標系から見たベクトルを別の直交座標系から見たベクトルに変換することを直交変換(orthogonal transformation)といいます。 つまり、あるベクトルに正規直交行列またはその転置行列を掛けるという作業は、直交変換を行っていることに相当するのです。 直交変換はベクトルの大きさと、2つのベクトルのなす角を変えない変換であり、幾何学的にはベクトルを原点のまわりに回転したり、裏返したりすることに相当します。 このことから行列はベクトル空間では座標変換を行う演算子の役目をすることがわかります。 (注1)
また次のような性質を持つn次の対称行列を射影子(projection)といいます。
射影子は行列なので、ある座標系から見たベクトルを別の座標系から見たベクトルに変換する演算子になります。 しかし別の座標系が部分空間になることと、変換後のベクトルが元のベクトルをその部分空間に正射影したベクトルになる点が特徴です。 射影子は統計学分野で重要な役目をします。