e ベクトルと行列 ベクトルの直交分解と直交変換
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6.ベクトルの直交分解と直交変換

1) ベクトルの直交分解

第5章で、任意のベクトルはベクトル空間の基底1、…、i、…、nの1次結合として表されると説明しました。 この基底が直交基底である時を、特にベクトルの直交分解(orthogonal decompose)といいます。 これは図9のように、ベクトルを直交基底1、…、i、…、nで表される直交座標軸上に正射影する――ベクトルの先端から直交座標軸に垂線を下ろし、原点からその点までのベクトルを作る――ことを意味します。

この時、三平方の定理(いわゆる「ピタゴラスの定理」、この定理はピタゴラスが生まれる1000年以上前から知られていた!)をn次元に拡張したものから次のような関係が成り立ちます。

 …… (6.1)
 …… (6.2)

aiii上に正射影したベクトルなので、係数aiは次のようになります。

aii‖=‖‖cosθ
 …… (6.3)
図6.1 ベクトルの直交分解

この式の最初の表現より、係数aiiを座標軸と考え、‖i‖を1単位とした時のの座標値に相当することがわかります。 もし1、…、i、…、nが正規直交基底なら‖i‖=1になり、次のようにもっと簡単な関係になります。

ai'i=(, i) … (6.4)
 (6.2)式より

さらにこの正規直交基底が基本ベクトルならaiの第i成分xiそのものになり、三平方の定理は次のようにベクトルの大きさの定義そのものになります。

2) ベクトルの直交変換

正規直交基底1、…、i、…、nによるベクトルの直交分解において、成分ベクトルaiiの係数aiは(6.4)式より、

ai'ii'

となり、これはとりもなおさずベクトル1、…、i、…、nで表される直交座標系から見た時の第i番目の成分の値になります。 そこで1、…、i、…、nで表される直交座標系から見たベクトルと書き改めると次のようになります。

さらに正規直交基底1、…、i、…、nを行ベクトルにして、それを並べた正方行列'を作ると次のように表すことができます。

   …… (6.5)

一方、元の直交分解の式(6.1)は次のように表すことができます。

 …… (6.6)

正規直交基底を成分ベクトルとする正方行列のことを正規直交行列(orthonormal matrix)といいます。 (6.5)式と(6.6)式からわかるように、正規直交行列の転置行列'は、基本ベクトルに対応する基本的な直交座標系から見たベクトルを、その行成分ベクトルである正規直交基底に対応する直交座標系から見たベクトルに変換する役目をし、元の正規直交行列は逆にに変換する役目をします。

このように、ある直交座標系から見たベクトルを別の直交座標系から見たベクトルに変換することを直交変換(orthogonal transformation)といいます。 つまり、あるベクトルに正規直交行列またはその転置行列を掛けるという作業は、直交変換を行っていることに相当するのです。 直交変換はベクトルの大きさと、2つのベクトルのなす角を変えない変換であり、幾何学的にはベクトルを原点のまわりに回転したり、裏返したりすることに相当します。 このことから行列はベクトル空間では座標変換を行う演算子の役目をすることがわかります。 (注1)

図6.2 ベクトルの直交変換

(注1) 正規直交基底を成分ベクトルとする行列のことを正規直交行列というように、直交基底を成分ベクトルとする行列のことを直交行列(orthogonal matrix)といいます。 しかし直交変換の場合は必ず正規直交行列を用い、一般の直交行列を用いることはないので、直交行列といえば正規直交行列のことを意味する慣習があります。 本来なら直交基底−直交行列−直交変換の特別な場合として正規直交基底−正規直交行列−正規直交変換があるとはっきりと区別すべきだと思います。 しかし普通は基底以外は区別しないことが多いので注意が必要です。

また次のような性質を持つn次の対称行列を射影子(projection)といいます。

2 (ベキ等行列、行列のベキが元の行列に等しい行列)

射影子は行列なので、ある座標系から見たベクトルを別の座標系から見たベクトルに変換する演算子になります。 しかし別の座標系が部分空間になることと、変換後のベクトルが元のベクトルをその部分空間に正射影したベクトルになる点が特徴です。 射影子は統計学分野で重要な役目をします。