さて、虹の彼方からまたベクトル空間の世界に戻りましょう。 ベクトル空間上の任意のベクトルxは、基本ベクトルe1、…、ei、…、enを用いて次のように表すことができます。
またxとeiの内積は次のようにxをeiに正射影した影の長さになり、これはxの第i成分そのものになります。 つまり基本ベクトルはベクトル空間の座標軸に相当するベクトルなのです。
ベクトルにスカラーの係数を掛けて、それを複数個合計することをベクトルの1次結合(linear combination)または線形結合といいます。 あるベクトルが他のベクトルの1次結合として次のように表される時、この関係を1次従属(linear dependent)または線形従属と呼び、他のベクトルの1次結合として表されない時には1次独立(linear independent)または線形独立と呼びます。
基本ベクトルはお互いに他の基本ベクトルの1次結合として表すことはできないので、1次独立の関係にあります。 そして基本ベクトル以外のベクトルは基本ベクトルの1次結合として表すことができるので、基本ベクトルと1次従属の関係にあります。 これは、ベクトル空間上では基本ベクトルによって表される直交座標上にあらゆるベクトルがプロットできることに対応しています。
ベクトル空間にはお互いに1次独立で、かつ他のベクトルをそれらの1次結合として表すことができるようなベクトルの組が基本ベクトル以外にも存在し、それらのベクトルもベクトル空間の座標軸に相当します。 これは、ベクトル空間には基本ベクトルに対応する基本的な直交座標軸以外にも、それを回転した回転座標軸とか、斜めに歪めた斜交座標軸とかいった色々な座標軸を設定することが可能なことに対応しています。
そのようなベクトルの組を基底(basis)といい、お互いに直交するものを直交基底(orthogonal basis)、直交し大きさが1のもの、つまり単位ベクトルのものを正規直交基底(orthonormal basis)または直交正規基底と呼びます。 正規直交基底の代表的なものが基本ベクトルであり、直交基底は直交座標軸に対応します。
例えば基本ベクトルe1、e2に対応する直交座標軸と、それを45度回転した直交基底z1、z2に対応する直交座標軸は図5.2のようになります。
z1、z2については次のようになり、直交基底ではあるものの正規直交基底ではありません。
これを正規直交基底にするためには、各ベクトルをその大きさである√2で割る必要があります。 これは図5.2のようにz1、z2によって表される直交座標軸と、原点を中心とした半径1の円との交点のベクトルになります。
また基底z1、z2、…、znが直交しない時でも、次のような方法で正規直交基底に変換することができます。 これをグラム−シュミット(Gram−Schmidt)の直交化法(orthonormalization)といいます。 これは、ベクトル空間には必ず直交座標軸を設定することができることに対応しています。
n次元ベクトル空間の基底はn個のベクトルが1組となりますが、逆にあるベクトル空間において1組の基底に含まれるベクトルの個数、つまり座標軸の本数を次元(dimension)または階数(rank)といい、次のように表記します。
これらn個の基底ベクトルからその一部を選ぶと、それらを基底とする次元の少ない空間が考えられます。 この空間を(線形)部分空間(linear sub-space)といい、例えば3次元空間における2次元の平面がこれに相当します。
同じベクトル空間に属する2つの部分空間RAとRBがあった時、次のような空間が定義されます。
例えば3次元空間に2枚の交わる平面があったとすると、それらの交線が積空間(product space)になり、それらの全体つまり3次元空間全体が和空間(sum space)になります。
積空間がゼロベクトルだけの時、2つの部分空間は独立であるといい、次のようになります。
この時の和空間をRAとRBの直和(direct sum)と呼び、「RA⊕RB」と書きます。 これには例えば2本の交わる直線が相当し、交点がゼロベクトルであり、2本の直線によってできる平面が直和となります。
また任意の部分空間RAに対して、その中にある全てのベクトルと直交するベクトル全体によって作られる部分空間を直交補空間(ortho-complement space)または直補空間といい、「RA┴」と書きます。 RAとRA┴は次のような関係があり、例えば3次元空間における直線とそれに直交する平面がこれに相当します。 直交補空間は統計学分野でしばしば利用する重要な概念です。