本研究の対照群を「ポビドンヨード遅延含嗽群」つまり「1日目から4日目まではうがいをせず、5日目から4日間、ポビドンヨード含有水で1日4回うがいをする群」にした理由を推測するには、まず試験期間を8日間にした理由から推測する必要があります。 現在までの色々な情報から、COVID-19感染者がRT-PCR検査で「陽性」になる期間は発症2〜10日後の約9日間であることがわかっています。
このことから本研究の対象である無症状または軽症の感染者は、試験を開始してから9日後までにはほぼ全員がRT-PCR検査で陰性化すると考えられます。 そのため9日間の半分の時点つまり5日目起床時(被験者がうがいをする前)に、RT-PCR検査をして陰性化率を調べるという評価方法が妥当と考えられます。
それからプロトコール中の「表3 観察・検査スケジュール」部分は黒塗りされていましたが、(うっかりして黒塗りするのを忘れたのか(^^;))「5.評価項目」部分は黒塗りされていませんでした。 その内容を読むと評価項目として次のものを設定していることがわかります。
この評価項目の内容と「COVID-19を対象としたポビドンヨード含嗽の臨床研究へのご協力のお願い」から得た情報に基づいてプロトコール中の黒塗りされた「表3 観察・検査スケジュール」部分を憶測すると、だいたい下表のようになっていたのではないかと思われます。
項目\Day | 開始時(0) | 1日目 | 2日目 | 3日目 | 4日目 | 5日目 | 6日目 | 7日目 | 8日目 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
うがい (通常含漱群) | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | |
うがい (遅延含漱群) | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | |||||
患者背景 | ○ | ||||||||
RT-PCR検査 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
バイタルサイン (体温) | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
自覚所見 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
陰性化率評価 | ◎ | ||||||||
有害事象 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
これは試験の観察・検査スケジュールを表すのによく用いられる表です。 この表を見ると試験期間を8日間にした理由がわかると思います。 つまり(3)SARS-CoV2ウイルス消失率推移、(4)発熱持続時間、(5)症状推移を副次評価項目にし、これらを評価するには少なくとも8日間必要なので試験期間を8日間にしたわけです。
でもこの表を見ると本研究の対照群を「ポビドンヨード遅延含嗽群」にした理由がますますわからなくなると思います。 前半の1〜4日目までは、一応、純粋に「ポビドンヨード含有水でうがいをした群」と「うがいをしない群」の比較です。 でも後半の5〜8日目は「ポビドンヨード含有水で5〜8日間以上うがいをした群」と「ポビドンヨード含有水で1〜4日間うがいをした群」の比較であり、結果を合理的に解釈できません。 つまり対照群を「ポビドンヨード遅延含嗽群」にしたことによって5日目以後の結果がほとんど無意味になってしまうのです。 そのため対照群を「ポビドンヨード遅延含嗽群」にした理由をまともに推測するのは困難です。
ただし無理にこじつければ次のような憶測ができます。
これは、フォローアップ期間は2群ともポビドンヨード含有水でうがいをし、8日目には2群ともRT-PCR検査結果が同じような割合で陰性化し、副次評価項目も同じような結果になることを確認し、「ポビドンヨード含有水によるうがいは4日間で十分である」ことを確認するという意味です。 本研究は探索研究なので、このことが確認できれば次に実施する予定の検証研究を計画する時の参考になります。
ここで本研究がわざわざ唾液によるRT-PCR検査を用いた理由を、あらためて説明しておきましょう。 通常のRT-PCR検査が検体として鼻咽頭ぬぐい液または咽頭ぬぐい液を用いるのは、食事やうがいなどの影響を受けにくく精度が高いからです。 それに対して唾液を検体にすると食事やうがいなどの影響を受けやすく、精度が低くて偽陰性や偽陽性になる確率が高くなります。 そのため本当にポビドンヨードの効果を検討したいのなら鼻咽頭ぬぐい液または咽頭ぬぐい液を検体にした通常のRT-PCR検査をするのが合理的です。
それをわざわざ唾液を用いたRT-PCR検査を用いた理由は、本研究および次に実施する予定だった検証研究の本当の目的は「ポビドンヨード含有水によるうがいが体内のウイルス量を減らす効果を検討する」のではなく、「唾液中のウイルス量を減らし、それによって唾液による2次感染を防ぎ、唾液ウイルスの誤嚥による肺炎への悪化を抑制する効果を検討する」ことだからと考えられます。
これは第1節で紹介した最初の研究成果公表案を見るとよくわかりますし、次の資料からもわかります。 被験者に渡す「COVID-19を対象としたポビドンヨード含嗽の臨床研究へのご協力のお願い」中に「うがいの仕方」という説明があります。 その内容は一般的なうがいの仕方を説明したものであり、おかしなところは何もありません。
ところが「20200731 知事・市長と機構との面談(概要メモ) (1).pdf」という資料の中に次のような問答があります。
この問答から、うがいによって舌を洗い、唾液中のウイルス量を減らし、それによって唾液による2次感染を防ぎ、唾液ウイルスの誤嚥による肺炎への悪化を抑制する効果を検討するのが本研究の本当の目的であることを――知事はよく理解できなかったかもしれませんが(^^;)――試験の責任者の方がよく理解していたことがわかります。
実際の被験者が被験者用資料に書かれたような一般的なうがいをしたのか、それとも「下を向いて舌を洗う嗽」をしたのかは不明です。 でも試験の責任者の方が知事に対して上記のような説明をしているということは、被験者に対して(おそらくは非公式に)「下を向いて舌を洗う嗽」の説明をした可能性が高いのではないかと思います。