巷には、
「みんなが安心して生活するために、日本人全員(または特定の集団全員)にRT-PCR検査を受けさせる必要がある!」
確定診断用検査であるRT-PCR検査を1次スクリーニング検査として用いる危険性は第5章で説明したとおりです。 その繰り返しになりますが、日本のCOVID-19の本当の感染者を現在(2020年5月上旬)の累積感染者の10倍である16.5万人と仮定して、日本人全員(約12,700万人)に感度70%、特異度99%のRT-PCR検査をいきなり実施した時の結果は次のようになると予想されます。
検査結果 | 計 | |||
---|---|---|---|---|
陰性 | 陽性 | |||
群 | 非感染群 | 125566650(99.00%) | 1268350(1.00%) | 126835000(99.87%) |
感染群 | 49500(30.00%) | 115500(70.00%) | 165000(0.13%) | |
計 | 125616150(98.91%) | 1383850(1.09%) | 127000000 |
以上の結果から、RT-PCR検査を受ける前は自分が感染している確率は約0.13%と考えられます。 そしてRT-PCR検査で陽性になった時、本当に感染している確率は約8.3%しかなく、偽陽性の確率が91.7%もあります。 その場合、偽陽性の確率の方がはるかに高いにもかかわらず感染者として隔離されますし、周囲から差別される危険性さえあります。 またRT-PCR検査で陰性になった時、本当に感染していない確率は約99.96%であり、実際には感染している確率は約0.04%です。 つまり感染している確率が約0.13%から約0.04%に減るわけです。
検査で陽性になっても本当に感染している確率はたった8.3%しかないことを理解した上で、隔離される危険を犯してまで感染している確率を0.13%から0.04%に減らしたい人はこの検査を受ける意義があるでしょう。 でも僕は、こんな危険かつ無意味な検査を受けるのは御免被りたいですね。
それから当然のことながら、この検査結果は検査した時だけの一時的なものです。 そのため感染していないことを確かめて安心して行動したい時は定期的にRT-PCR検査を受け続ける必要があります。 そして特異度99%つまり偽陽性率1%の検査は、検査を100回くらい受けると非感染者でも1回くらいは偽陽性になります。 したがってこのRT-PCR検査を日本人全員が定期的に――例えば2週間に1度――受け続けると、4年ほどすると日本人全員が陽性になって感染者扱いされることになります。
以上のことは日本人全体だけでなく事前確率が同じくらいの集団ならどんな集団にも当てはまります。 もし僕が所属している集団がこんな馬鹿げた検査をするとしたら僕はさっさとその集団を脱退しますし、もし日本がこんな馬鹿げた検査を実施するとしたら僕はさっさと外国に逃亡したいですね。σ(^^;)
こんな馬鹿げた検査方法ではなく、病気を診断する時の普通の方法つまり自己問診による0次スクリーニング検査→医療従事者の問診による1次スクリーニング検査→確定診断用精密検査という手順では次のようになります。
例えば次のような問診を自分自身について行い、1つでも該当するものがあれば「陽性」として医療従事者の問診を受けます。
この検査で偽陰性になるのは、いつどこで誰から感染したのかわからず、しかも無症状という非常に稀なケースです。 そのため感度は非常に高くて、99%程度はあると考えられます。 また偽陽性者つまり非感染者でこれらの項目に1つでも該当する人は、COVID-19流行国に行って感染しなかった人とCOVID-19感染者と濃厚接触して感染しなかった人、そして風邪やインフルエンザ等の疾患にかかっている人なので、日本人全体の10〜20%程度でしょう。 そこでとりあえず特異度を80%としましょう。
前述の「いきなりRT-PCR検査」と同様に日本のCOVID-19の感染率を0.13%とし、日本人全員がこの自己問診による0次スクリーニング検査をした時の結果は次のようになると予想されます。
検査結果 | 計 | |||
---|---|---|---|---|
陰性 | 陽性 | |||
群 | 非感染群 | 101468000(80.00%) | 25367000(20.00%) | 126835000(99.87%) |
感染群 | 1650(1.00%) | 163350(99.0%) | 165000(0.13%) | |
計 | 101469650(79.90%) | 25530350(20.10%) | 127000000 |
この結果から、この検査で陰性になれば約99.998%は感染しておらず(いきなりRT-PCR検査で陰性になった時の非感染確率約99.96%よりも高い)、安心できることがわかると思います。
自己問診による0次スクリーニング検査で陽性になった約2553万人は、次に医療従事者による1次スクリーニング検査を受けます。 この検査も問診が中心ですが、医療従事者が行うので精度が高く、しかもできるだけ感染者を見逃さないようにするので感度は99%程度、特異度は90%程度あると考えられます。 この検査の結果は次のようになると予想されます。
検査結果 | 計 | |||
---|---|---|---|---|
陰性 | 陽性 | |||
群 | 非感染群 | 22830300(90.00%) | 2536700(10.00%) | 25367000(99.36%) |
感染群 | 1633(1.00%) | 161717(99.00%) | 163350(0.64%) | |
計 | 22831933(89.43%) | 2698417(10.57%) | 25530350 |
この結果から、この検査で陰性になれば約99.99%は感染していないことがわかると思います。 ただし何らかの症状があった人はCOVID-19以外の病気の可能性があるので、それ用の検査が必要になる時があります。 またCOVID-19流行国に行ったことがあったり、COVID-19感染者と濃厚接触したことがあれば、念の為に2週間くらいは慎重に行動した方が無難です。
医療従事者による1次スクリーニング検査で陽性になった約270万人は、次にRT-PCR検査を受けます。 このRT-PCR検査対象人数は、前述の「いきなりRT-PCR検査」の検査対象人数約12,700万人のたった2%であり、検査の手間も経費もはるかに少なくなります。 そしてこの検査の精度を「いきなりRT-PCR検査」と同様に感度70%、特異度99%とすると、検査の結果は次のようになると予想されます。
検査結果 | 計 | |||
---|---|---|---|---|
陰性 | 陽性 | |||
群 | 非感染群 | 2511333(99.00%) | 25367(1.00%) | 2536700(94.01%) |
感染群 | 48515(30.00%) | 113202(70.00%) | 161717(5.99%) | |
計 | 2559848(94.86%) | 138569(5.14%) | 2698417 |
この結果から、この検査で陽性になれば約81.7%の確率で感染していることがわかると思います。 これは「いきなりRT-PCR検査」で陽性になった時の陽性予測値約8.3%と比べると、はるかに高い値です。 しかも「いきなりRT-PCR検査」の偽陽性者約127万人に対して、この検査の偽陽性者は約3万人しかいません。 そして陽性者約14万人について、他の検査結果と臨床症状も総合的に考慮して最終的な確定診断を行えば偽陽性者はさらに減るはずです。
またこの検査で陰性になった時、本当に感染していない確率は約98.1%です。 そして偽陰性者が約5万人いて、これは「いきなりRT-PCR検査」の偽陰性者数とあまり変わりません。 しかしこの検査の場合、たとえ陰性になっても経過観察扱いになり、2週間くらいは慎重に行動することになります。 これは「いきなりRT-PCR検査」の偽陰性者約5万人が安心して自由に行動するのと比べて安全性が格段に高くなります。
これらのことからRT-PCR検査を1次スクリーニング検査として利用する非合理性がよくわかると思います。 また1次スクリーニング検査で検査対象集団の事前確率を高くしておいてからRT-PCR検査を行えば、それなりに有用であることも分かる思います。 このような合理的な検査システムなら、僕も外国に逃亡せずに気楽に受けてみる気になります。
そして実際にも多くの人が、COVID-19だけでなく色々な病気も含めて自己問診による0次スクリーニング検査――つまり自分の体調チェック――をいつも実行していると思います。 それで「陰性」つまり「異常なし」になれば、ものすごく高い確率(約99.998%)でCOVID-19には感染していない――だけでなく、普通の風邪にもインフルエンザにも感染していない――ので安心できます。
そして健康に注意して規則正しく生活し、適度に運動し、栄養と睡眠を十分に取っていれば、たとえCOVID-19や風邪やインフルエンザに感染したとしても重症化する危険性は低くなります。 感染を恐れて家に閉じこもり、ビクビクしながら生活していたらかえって色々な病気にかかりやすくなりますし、そもそも人生が楽しくありません。
我々の周囲にはCOVID-19だけでなく多くのリスクがあり、全てのリスクをゼロにするのは現実には不可能です。 そのためそれらのリスクの大きさと相互関係をできるだけ正確に見極め、どのリスクを減らせば全体的なリスクが最も効率的に減るか、そして豊かな人生をすごすためには、どの程度のリスクなら許容できるかをじっくりと考えて、冷静かつ楽しく生活しましょう!(^O^)/