玄関小説とエッセイの部屋小説コーナー不思議の国のマトモな事件

シーン2

友規が書類を手にして立ち上がり、前に進み出て、

友規  「それでは、まず被害者のヘンリー・メリヴェール卿を証人として喚問いたします」

白ウサギがラッパを吹き鳴らし、声を張り上げて、

白ウサギ「ヘンリー・メリヴェール卿ーッ!」

H・M 「おぉーッ!」

傍聴席から大声で返事があり、でっぷりと太って頭のはげあがった老人が、大きなドアを持ってのっそりと出てくる。 老人は傍若無人な態度で証人席に座ると、友規をジロッとにらみ、フンッと鼻を鳴らす。

友規  「証人は、不法侵入の被害にあわれたヘンリー・メリヴェール卿ですね?」

H・M 「(早口に)いかにも、わしはヘンリー・メリヴェールじゃ。 時にはH・Mとも、カーター・ディクスンとも呼ばれておるが、決してディクスン・カーとか、フェル博士などというおかしな名前では呼ばんでくれ!」

友規  「では、被害にあわれた状況を説明してください」

H・M 「よろしい。 あれはつい昨日のことじゃが、わしが書斎で仕事をしておると、突然、誰かがわしの体に触りおったんじゃ。 驚いてそやつを捕まえてみると、何と言うか、やけに光輝いたやつな、自分は光子だとぬかしおった。 わしの書斎は細長い窓が2つあるっきりで、他にはどこも出入口のない密室じゃからして、そやつはその2つの窓のどちらか一方から入ってきたはずなんじゃ。 ところがじゃ、そやつに問いただしてみると、なんと、そやつは両方の窓を通って入って来たとほざきおるんじゃよ! その時のそやつの得意そうな顔を、今でもまるで昨日のことのようにありありと覚えておるわ。 わしも長いこと密室事件の研究をしておるが、こんなバカげた事件は初めてじゃ。 忘れようとしても思い出せん、不可思議な事件じゃよ、全く!」

友規  「それでその侵入者が、被告の波野光子だったわけですね?」

H・M 「そうじゃ。 今こうしてあらためて眺めてみると、いやいやい、なかなかどうして実にチャーミングな娘ごじゃわい。 どうじゃなお嬢さんや、その後、元気でやっとるかな?」

H・M卿、ミミに笑いかけ、気安げに手を振る。 ミミ、つられてニッコリと手を振りかけ、あわててそ知らぬ顔をする。

友規  「ゥオッホン! 証人は尋問に注意を集中されるようお願いします」

H・M 「ン? ……何じゃお若いの、おぬし、あの娘ごにホレとるな?」

友規  「(あせって)な、何をバカなことを! ……さ、じ、尋問を続けます」

H・M 「隠さんでもええ。 なかなか魅力的な娘じゃからして、おぬしがホレるのも無理ないわい。 かく言うこのわしじゃとて、もう50歳も若けりゃあ……」

友規、H・M卿の言葉を途中でさえぎって尋問を続ける。

友規  「オッホン! エー、アー、それで、証人は被告が書斎に入って来るところは見なかったのですね?」

H・M卿、クックッと含み笑いをしながら、

H・M 「うむ、残念ながらそのとおりじゃ。 わしは仕事に熱中しておったのでな」

友規  「ところで、証人がお持ちになったそのドアは何の証拠品ですか?」

と、H・M卿が抱えている大きなドアを指さす。 H・M卿、途端に嬉しげな表情となり、いとおしげにドアをさすりながら、

H・M 「これか? これはのう、わしが『ユダの窓』という難事件を解決した時の記念品じゃよ」

友規  「『ユダの窓』……? その事件が今回の事件と何か関係しているのですか?」

H・M 「いいや、別に何も関係しておりはせん。 ただ、わしの素晴らしい名推理の記念に、片時も離さず持ち歩いておるだけじゃ。 何しろ不思議な密室事件でな、もしもわしがおらなんだら……」

友規、あわててH・M卿をさえぎり、

友規  「わ、わかりました、わかりました! その話はまたいつか詳しくおうかがいするとして、今日のところはこれで……」

友規、汗を拭いながら判事席に向きなおり、

友規  「以上で、私の尋問を終わります」

友規、弁護人席に挑発するような視線を投げてから検察官席に戻る。

眠りネズミ「ウー、では弁護人、反対尋問はあるかぁ〜?」

伴人、うなずいて立ち上がると、進み出て証人席に近寄る。

伴人  「もう一度確認したいんですが、証人は体に触られるまで、被告がいることには全然気付かなかったんですね?」

H・M 「そうじゃ。何しろ仕事に夢中じゃったでのう」

伴人  「それでは被告が窓から入るところはもちろん、書斎に入ってから、被告がどのような経路で証人の所まで来たかもわからないわけですね?」

H・M 「そうじゃ。何しろ仕事に夢中じゃったでな。 と言うのもな、わしが解決した『赤後家殺人事件』という不可思議な難事件の……」

伴人、あわててH・M卿をさえぎり、

伴人  「わ、わかりました、わかりました! その話はまたいつか詳しくおうかがいするとして、今日のところはどうもありがとうございました。 これで、反対尋問を終わります」

伴人が一礼すると、H・M卿はうなずき、ドアと共にスーッと姿を消す。

伴人と入れ代わりに、友規が進み出る。

友規  「次に第二の証人として、メリヴェール家の給仕、ヘンリー氏を喚問いたします」

また白ウサギがラッパを吹き鳴らし、声を張り上げる。

白ウサギ「給仕のヘンリーッ!」

いつの間にか、給仕の服を着た目立たない男が手にアタッシュケースを持ち、慇懃な微笑みを浮かべて証人席に座っている。

友規  「証人はメリヴェール家の給仕、ヘンリー氏ですね?」

ヘンリー「(控え目な口調で)さようでございます。 人によっては、アイザック・アシモフと呼ばれる方もいらっしゃいますし、ノンフィクションの分野では、アジモフと発音なさる方もいらっしゃいます」

友規  「証人は事件があった時、玄関で被告を迎え入れたのですね?」

ヘンリー「さようでございます」

友規  「その時の様子を詳しく説明してください」

ヘンリー「承知いたしました。 昨日、いつものように私が旦那様の書斎の隣のホールに控えておりますと、玄関でノックの音がいたしました。 行ってドアを開けましたところ、何と申しましょうか、光り輝くようなお方が立っておいでになりました。 そのお客様は波野光子とお名のりになり、私が御用件を承ろうといたしましたところ、スッと中にお入りになるなり、フッとお消えになってしまわれたのでございます。 それからすぐに書斎から、旦那様が何事かお叫びになっていらっしゃる声が聞こえてまいりましたので、行ってみますと、先程のお客様を捕まえていらっしゃるではございませんか。 御用件もお伺いせずお客様をお通ししてしまうとは、誠に汗顔の至り、面目次第もございません」

友規  「お手数ですが、書斎とホールそれに玄関の見取り図を描いて、位置関係を説明してください」

ヘンリー「かしこまりました」

空中に黒板が現れ、ヘンリーはその黒板に図を描きながら説明する。

屋敷の見取り図

ヘンリー「このG地点が玄関でございまして、当お屋敷へ出入りすることのできる、唯一の場所でございます。 そこからすぐホールとなっておりまして、その隣が旦那様の書斎でございます。 ホールと書斎の出入口は、先程、旦那様がご説明なさいましたように、A、B2つの細長い窓があるきりで他にはございません。 そしてこの書斎の壁際のK地点が、旦那様がお客様をお捕まえになった場所でございます」

友規、図のホールと書斎を指差しながら、

友規  「お屋敷にはこの2つの部屋しかないんですね?」

ヘンリー「さようでございます」

友規  「被告が前もって書斎に潜んでいたということは、有り得ないのですか?」

ヘンリー「有り得ないことでございます」

友規  「証人も、やはり被告が書斎に入るところは目撃しなかったのですね?」

ヘンリー「はい。 何しろお客様は玄関から入るなり、すぐお消えになってしまわれたのでございますから」

友規、難しい顔つきでトントンと黒板の図をたたきながら、

友規  「そこのところがどうも解せないのですがね。 被告が消えたというのは、証人が目を離したためではないのですか?」

ヘンリー「(きっぱりと)いいえ、そのようなことはございません。 私は御用件を承ろうと、しっかりお客様を見ておりました」

友規  「では被告の姿が消えたのは、動きが速すぎて証人の目に映らなかったため、と考えなければならないわけですね?」

ヘンリー「はい、一応、そのように考えられますが……」

友規  「(強い口調で決めつけるように)それしかないでしょう。 論理的に考えれば、被告がどう言おうと、被告がどちらか一方の窓から書斎に入ったのは間違いないことなのですからね」

ヘンリー「はい、仰せの通りだとは思いますが、残念ながら私には、お客様が確かに玄関からお入りになったということ以外、はっきりしたことは何も申し上げられないのでございます」

友規、少しイライラした表情でヘンリーを見るが、ヘンリーは慇懃な微笑みを浮かべたまま控え目に座っている。

友規  「まあ、人間の目には限界がありますから、仕方のないことでしょう、それは。 ……ところで、証人がお持ちのアタッシュケースは何の証拠品ですか?」

ヘンリー「(にっこりしながら)これでございますか? 実を申しますと、私、長い間、『黒後家蜘蛛の会』の給仕をやらせていただいておりましたもので、これはその記念の品なのでございます」

友規  「『黒後家蜘蛛の会』……? そのアタッシュケースには、何が入っているのですか?」

ヘンリー「『会心の笑い』でございますよ、検察官様」

と、にんまりした笑いを友規に送る。 友規、眉をしかめると、首をひねりながら弁護人席に目をやり、

友規  「これで尋問を終わります。 反対尋問をどうぞ」

伴人  「弁護側に反対尋問は特にありません。 尋問をお続けください」

友規、うなずいて、

友規  「どうもありがとうございました、ヘンリーさん」

ヘンリー、証人席から傍聴席のほうに戻るが、途中でスーッと消える。