玄関小説とエッセイの部屋小説コーナー不思議の国のマトモな事件

【第1巻 不思議の国の法廷】

シーン1

○不思議の国の法廷

正面に眠りネズミの裁判長が座って、グッスリ眠りこんでいる。 その両隣には、三月ウサギと帽子屋の判事が、眠りネズミをクッション代わりにしてその上に肘をつき、お茶を飲みながら頭越しに話をしている。 法廷の中央には誰もいない被告席があり、その前にアップルパイの乗ったテーブルがある。 その被告席の両側にはトランプの衛兵が立っている。 傍聴席には、人間やら動物やら妖精やら妖怪やらがザワザワとひしめき合っている。 その中に諸星アタルとラム、ピーターパンとティンカーベル、ゲゲゲの鬼太郎とネズミ男、さらにはゴジラやモスラやネットサーファー達の顔も見える。

そこへ、白ウサギに連れられてパジャマ姿のミミが入って来る。

白ウサギ「裁判長閣下、アリスを連れてまいりました!」

傍聴席からワーッという喚声。 傍聴人の幾人かが立ち上がって、ミミを指差しながら口々に叫ぶ。

アタル 「しのぶぅーっ!」

ピーターパン「ウェンディーッ!」

鬼太郎 「夢子ちゃんっ!」

ゴジラ 「ピギャエェーッ!」

モスラ 「キー、キーッ!」

ミミ  「……ここ、どこ? 一体全体、どーゆーことなの、これ……?」

眠りネズミの裁判長、眠ったまま木槌を取り上げて自分の頭をコンコンとたたき、眠そうなくぐもり声で、

眠りネズミ「アー、ウー、静粛に、静粛に……ムニャ、ムニャ。 ウー、アー、ではこれより『マトモな事件』の裁判を始めるぅ〜。 衛兵、被告を被告席にぃ〜……」

トランプの衛兵が両側からミミの腕を取り、被告席に連れて行く。 ミミ、もがきながら、

ミミ  「何すんのよ、失礼ねェー! 放してちょうだいッ!」

しかし、ズルズルと被告席に連れられて行く。

眠りネズミ「ウー、被告は姓名を申し述べよぉ〜」

ミミ  「何が被告よッ! あたし、悪い事なんて何にもしてないわ!」

眠りネズミ「アー、被告は姓名を『波野光子』と述べているが、誰か異議のある者はいるか〜?」

ミミ  「(驚いて)ちょ、ちょっと待ってよ! そんなこと言ってないわ、あたしの名前はミミよ!」

またしても傍聴席からワーッという喚声。

白ウサギ「アリスだ!」

アタル 「しのぶだ!」

ピーターパン「ウェンディさ!」

鬼太郎 「夢子ちゃんだよ!」

ゴジラ 「ピギャエェーッピ!」

モスラ 「キー、キーッキ!」

ミミ  「(あせって)あたしは小山内ミミって名前よ! ミツコでもアリスでも、しのぶでもウェンディでも、それから夢子でもないわ、人違いよッ!!」

眠りネズミ「ウー、異議はないようだから、被告の姓名を波野光子と認めるぅ〜」

ミミ  「!!(と、目を見張って眠りネズミを見る)」

ミミ、あきれはてたように肩をすくめると、被告席に腰をおろしながらつぶやく。

ミミ  「一体、どーなってんのかしら!? 何がなんだかさっぱりわかりゃしないわ……」

ふと、目の前にあるアップルパイに気がつき、おなかをさすりながら、

ミミ  「なんか、急におなかすいちゃった。 このアップルパイ、食べていいのかしら……?」

と、うかがうように判事席を見る。 帽子屋と三月ウサギが馬鹿にしたようにミミを眺めて、

帽子屋 「アップルなんて、食べ物じゃないぞ。 そいつは、ビートルズってやつらがリンゴ・スターで作った、コンピュータのことさ」

三月ウサギ「そーだ、そーだ! だいだいパイは無理数だから、いくら早射ちマックが頑張っても、四捨五入して参点壱四なんだぞ」

ミミ  「(あきれかえって)おっかしな人達! ……もーいいわ、頭きたから食べちゃおっと」

と言って、アップルパイをうまそうに食べ始める。

眠りネズミ「アー、では、告訴状を読み上げよ〜」

判事席の前の床に穴が開き、そこから山伏姿の弁慶がゆっくりとせり上がって来る。 そして照明が暗くなり、弁慶だけがスポットライトに浮かび上がる。 弁慶、懐から巻き物を取り出し、おもむろに開いてじっと目を凝らす。 その巻き物には何も書かれておらず、白紙——のはずが、マジックでへのへのもへじが落書きしてある。 しかし弁慶、少しも騒がず、朗々と読み始める。

弁慶  「被告、波野光子は、その正体につき、いわく波である、いわく粒であると、古来より人を悩ませおるところ、近来、とみにその矛盾せし性質をあらわにし、いたずらに人心を惑わすことはなはだしきものあり。 なかんずく、こたびの不法侵入事件のごときは、さらぬだに惑わされやすき大衆をして、なお一層困惑せしむるところのものなり。 かくのごとき惨状、これ黙視し難く、被告の正体を見極め、犯せし罪を余すところなく暴露せんと欲し、ここに告訴に至るものなり。 ……勧進、勧進!」

弁慶が巻き物をしまい大きく見得を切ると、どこからともなく鼓の音と掛け声が響いてくる。 弁慶、六方を踏んで法廷より退場。 チョンと木が入って、スポットライトが消えると同時に照明が元どおり明るくなる。

ミミ、アップルパイを手にしたままポカンと口を開けている。

ミミ  「……何なの今の? どーなってんのォ!?」

眠りネズミ「ウー、では検察官と弁護人、尋問を始めなさい〜」

左手より、タキシードに身をかため、真っ赤な蝶ネクタイをしめた友規が山ほど書類を抱えて登場する。 友規を見たミミ、ホッと安心して、

ミミ  「あッ、友規くーん! よかったァー、あたし、もー何がなんだか……」

と言いかけ、友規の服装に気付いてキャピキャピと笑いだす。

ミミ  「キャハハハー、やっだァー、何その格好!? 結婚式でもすんのォ?」

友規、ミミに冷たい一瞥を与えただけでそのまま検察官席に行き、書類をドサッと置くと、判事席に向かって進み出る。

ミミ  「……?(と、怪訝な顔で友規を見送る)」

友規、眠りネズミにうやうやしく礼をして、手を斜めに上げ、

友規  「(格式ばった口調で)宣誓! 私こと荻須友規は、検察官精神にのっとり、国家権力の命ずるままに、正々堂々と腹黒く、厚顔無恥に居直って、偽証と冤罪の限りをつくし、被告を無実の罪に陥れることを誓います!」

ミミ  「(驚いて)……友規君、どーしちゃったの、一体!? 何、わけのわかんないこと言ってんの? だいたい、あたし、10画以上の漢字でしゃべられると読めないのよねー」

ミミのセリフに対して傍聴席のネットサーファーから、「お〜い、チャットやってるんじゃないぞーっ!」という突っ込みが入る。 友規、ミミを無視して冷たい表情のまま検察官席に戻る。

右手より、ヨレヨレの服を着たボサボサ髪の伴人が何も持たずに登場する。 ミミ、伴人を見て、パッと顔を輝かせ、

ミミ  「あッ、伴ちゃーん!!」

と、被告席を飛び出そうとするが、トランプの衛兵に腕を押さえられる。

ミミ  「イタッ! 何すんの、放してよッ!」

ミミ、伴人にすがるような目を向けて、

ミミ  「伴ちゃん、あたし、もー、どーかなっちゃいそー! いきなり、こんなヘンテコなとこ連れてこられちゃうし、みんな、あたしのことアリスだとか、ミツコだとか言って、犯人扱いするし、友規君は知らない人みたいに冷たくて、おかしなこと言い出すし……」

ミミ、急にハッとして、不安げに伴人の様子をうかがう。

ミミ  「……伴ちゃん、まさか伴ちゃんも……?」

伴人、ニッコリしてミミに近寄ると優しく話しかける。

伴人  「ミミちゃん、心配いらないよ。 僕がミミちゃんの弁護人だから、安心してていいよ」

ミミ  「弁護人って、あたしがどんな悪い事したってゆーのよ」

伴人  「みんな誤解なんだよ。 みんな、ミミちゃんのこと、波か粒かどっちか一方に決めようとするから、誤解しちゃうんだよ。 ミミちゃんは、そのどっちでもないのにね」

ミミ  「……?(訝しげに)」

伴人  「大丈夫だよ、僕、絶対負けやしないから。 ミミちゃんのために頑張るからね!」

と言ってミミの手を取り、やさしく握りしめる。 ミミ、少し身を引いて、気味悪そうに伴人を見つめる。

ミミ  「(つぶやくように)……伴ちゃん、やっぱ、伴ちゃんもどっかおかしーわ。 まともなら、こんなふーに、あたしの手、握れるわけないもん……」

伴人、ミミの手を放すと、ニッコリと優しい視線を投げかけながら離れて行き弁護人席に座る。