玄関小説とエッセイの部屋小説コーナーいつかどこかで

【1.統計学とは何ぞや?】

「やー、ミミちゃん、やっぱり先に来てたね。 早いねー」
「友規君が遅いのよ。 実験終わったら、すぐ行くって言ってたでしょ?」

ミミちゃん、相変わらず愛くるしい笑顔をして、茶目っぽい目で僕を見た。

「じゃあ、メンバーも揃ったし、そろそろ始めようか」

伴ちゃん、相変わらずむさっくるしい顔をして、眠そうな目で僕を見た。 浮浪児そこのけの伴ちゃんとキュートなミミちゃんが並ぶと、普通の人には、とてもじゃないけどカップルだなんて思えやしないだろう。 いいとこ下男と令嬢、へたすりゃ乞食とお姫さまだ。

「今日は統計学だっけね。 これ、内容がすごく多いから、ほんのサワリだけになっちゃうけど、いい?」
「サワリだけって言っておいて、トートーとやるんだもんね、いっつも」と、ミミちゃんが口を尖らして文句を言う。

「そんなことないよ、ほんとにサワリだけだよ、今日は」
「そーかしらねー。 カワユイ彼女の手も握れないくせして、科学の話になるとサワリどころじゃないんだからァ」
「な、何言ってるんだよ、か、関係ないよ、そんなこと」

純情な伴ちゃん、真っ赤になってオタオタしている。 彼、普段はとつとつとしてボソボソしゃべるんだけど、恥ずかしがったり緊張したりすると、すぐに吃って、やたらと早口になっちゃうんだ。

「伴ちゃん誘惑するのは後にしといて、はよ始めよーや、ミミちゃん」

と、僕は助け船を出してやった。

「そーね」とうなずくと、ミミちゃんは改まった口調で、「じゃ、四条先生、統計学とは何ぞや?」
「おっ、いきなり禅問答できたね?」

伴ちゃん、科学の話になったもんだから、とたんに冷静さを取り戻し、

「よろしい、統計学とは、これすなわち読んで字のごとく、統一的に計る学問であ〜る!」
「して、ハカセ、その心は?」
「沢山のデータを要約して、その中に含まれている情報を把握しやすくするための、手段なのであ〜る!」
「ヨーヤクするって?」
「例えばね、ここに100人の人間の、体重を測定したデータがあるとするよ。 そしたら、当然、100個のデータがあることになるよね」
「うん、男ばっかりならね。 もし女の子がいたら、人に知られたくないもんだから公表しないだろ?」

と、僕。 これは経験から言っているんだから、確かなもんなのだ。

「あら、あたしは公表してもいーわよ、別に。 もーダイエットするの止めちゃったんだもんね。 せっかく人が、奇麗になって喜ばせてあげよーとしてんのにさ、まるで気付かない人がいるもんねー」
「そ、そんなことないよ」と、伴ちゃんはミミちゃんをマジマジと眺め、「ん〜と……、今日は、髪型が少し違うんじゃない?」
「寝グセよっ、これは! ヘンなとこばっかし気が付くんだからァ、ほんとにもー!」
「と、とにかくね、その100個のデータを眺めただけで、その中に含まれている情報はこれこれだって言える人は、まずいないよね」
「そりゃいないでしょーね。 あたしなんて、数字が3つ以上並んでたら、めまいするもんねー」
「それでね、その100個のデータを要約するために、平均値を求めるんだよ。 例えば、平均値が60kgになったとするよ」
「フムフム、そんなもんかな。僕はそんなにないけど」と、僕。
「あたしだってあるわけないわよ、そんなに」と、ミミちゃん。
「平均値ってのは、全部のデータの真ん中を表す値だから、平均値が60kgになったということは、100個のデータは、だいたい60kgぐらいの値であると言っても、そう大きく間違ってないことになるよね」

伴ちゃんは僕等の合いの手をまるで無視して、説明を続けた。

「なるほど、なるほど」と、僕。
「なるほろ、なるほろ」と、ミミちゃん。
「こうして、100個のデータを平均値という1個の値に要約することによって、データの内容が把握しやすくなったわけなんだけど、統計学ってのは、こういうふうにデータを要約する手段なんだよ」
「ヨーヤク、そこまできたわけね」と、ミミちゃん。
「ヘタなダジャレは無視しといたほーがいいよ、伴ちゃん、クセになるから」と、僕。
「統計学では、データは確率的に変動するものだと考えて、『確率変数』って呼び、確率変数の関数として定義されるデータの要約値のことを、『統計量』って呼んでいるんだよ」

伴ちゃん、相変わらず僕等の合いの手を無視して説明を続けた。

「わざわざ難しい言葉ばっか使うのね、統計学って」
「うん、数学者の悪い癖だよね、これは」
「どーして、もっと簡単な、わかりやすい言葉使わないのかなー、数学者って」
「それはねえ、ミミちゃん」と僕が口を挟み、「せっかく難しい顔してカッコつけてんのに、ほんとはすごく簡単なことをやってるってことがばれちゃったら、メンツが立たんからさ、数学者の。 よーするに、ギョーカイ用語さ」
「そーなの。 ふう〜ん、心が狭いのね、数学者って。 そう言えば、伴ちゃんも難しい顔して考え込んでる時があるけど、やっぱカッコつけてるわけ?」
「伴ちゃんは違うさ、カッコつけよーがないから」
「でしょーねェ。 じゃ、何考えてんの?」
「伴ちゃんは普通の人間と違うから、難しい顔して考え込んでる時に限って、アホらしーこと考えてるか、ほとんど何も考えてないかなんだよ」
「じゃ、ポケーッとしてる時はどんなこと考えてんの?」
「まるっきり何にも考えてないに決まってるじゃないか、そんなの」
「そーねェ、思い当たるフシあるわー」
「二人して、僕のことボケ扱いしてない?」と、伴ちゃん。
「うんにゃ、うんにゃ、伴ちゃんは説明役で、ボケ役はミミちゃんさ。 んでもって僕がツッコミ役の、三人揃ってトリオ・ザ・ピンチ!」

「よおっし!」と、急にミミちゃんが身を乗り出して、「伴ちゃん、漫才は友則君に任せといて、早くその続き話してよー」
「あれ、やに乗り気だね、珍しく」

と驚いてミミちゃんの顔をみると、ミミちゃん、指でVサインを作り、ウインクしながら、

「とーぜんよ。 統計学を理解しちゃって、数学者の偽善を暴いてやるんだもんねー!」