持田家の別荘は伊東市の東部海岸ぞいの幹線道路から1キロほど海側に行ったところにあって、洋風二階建ての、まるで旅館かペンションのように豪華な建物だった。 別荘の周囲にはガレージやら倉庫やらが建ち並んでおり、裏にはテニスコートまであるということだ。 ガレージひとつとってみてもそんじょそこらの庶民の家より数段りっぱなことは確かで、故郷の我がアバラ家なんぞ、ここに並べてみればいいとこ犬小屋ってとこだろう。
別荘から東に20メートルばかり行くと堤防があり、そこから波打ち際まで30メートルほど砂浜が続いている。 堤防沿いに防砂林の名残の松がポツリポツリと生えているせいか、その砂浜はまるで閉鎖した海水浴場のように物寂しい雰囲気だ。 別荘の付近には家ひとつなく、全く野中の一軒家のようなんだけど、それもそのはず、雪子さんの説明によると、 別荘を中心としたここら辺り一帯が全て持田家の土地で、周辺の海岸もプライベートビーチだという。 まあ、とにもかくにも僕等庶民の感覚とはあまりにかけ離れたことばかりで、驚きを通り越し、ただただあきれる他はなかった。
持田家の人達は毎年7月から8月にかけてほぼ1ヶ月ほどをこの別荘ですごすのが常だそうで、今年は1週間ほど前から家族全員がここに来ているという。 客は全員今日来る予定になっていたそうで、他の客は僕等より少し前に到着しており、僕等が最後だということだった。
雪子さんの家族は父親の耕平氏に母親の静さん、それに兄で父親の会社の社員でもある耕一さんの四人で、他に客の接待役として例の中川さん、毎年、別荘で専属に雇う白石という女中さん、やはり別荘専属の大野というコックさんがいるとのこと。 さすがにお金持ちは違う、別荘用のコックさんがいるとはすごいとまたまた驚いたけど、別荘には会社の重要なお得意様を招いたりすることが多いもんで、わざわざ専属に雇っているだけで、
「もちろん、本宅の方にはコックなんていないんですよ。 あたしとお手伝いさんで一生懸命こしらえるんですけど、大野さんの料理と比べられて、みんなに文句ばっかり言われるんで頭に来ちゃいますよ」
と、雪子さんは事も無げに言った。
別荘やコックさんはおろか、お手伝いさんにだってドラマや小説の中だけでしかお目にかかったことがない僕は、そういったものをごく当たり前のもののように考えているらしい雪子さんの言葉に、本当にこの人の恋人役なんかが勤まるんだろうかと、ますます心配になってしまった。
客人は僕等の他には笹岡家の人達──父親の良介氏と母親の和子さん、問題のドラ息子正氏とその妹の裕美さんの四人がいて、総勢七人なんだけど、僕と伴ちゃんはどう見ても招かれざる客、場違いなところへ迷い込んだ異邦人であることは誰の目にも明らかだった。 雪子さんから家族に紹介された時にも、まるで火星人か何かを見るみたいな目で見られたし、耕平氏なんて明らさまに迷惑顔をしていた。
ま、そりゃそうでしょう、せっかくそれとなくお見合いをさせようってのに、その本人がボーイフレンドを連れてきて、しかもそれが僕のようなどこの馬の骨とも知れない野郎とあっちゃあ、父親として迷惑がるのも無理ない話だ。 ただ、母親の静さんだけは優しげで愛想が良かった。 後で雪子さんに聞いたところ、静さんだけは彼女の味方で、雪子さんが今度のことを嫌がっているのを知っていて、父親とは反対に雪子さんの好きなようにさせてくれているらしい。 それに、僕等を招待できたのも静さんの力によるところが大きいという。
家族への紹介が済むと、僕等は二階の客室に案内された。 二階は真中に廊下があって、南北に5部屋ずつ、全部で10部屋が並んでいる。 ただし、南側の一番西の部屋は客室ではなく浴室とトイレになっているとのことだ。 普通は家族が北側の部屋を使い、客人は南側の部屋を使うそうなんだけど、今回は客が多いから僕は北側の一番西の部屋、伴ちゃんはその隣が割り振られていて、そのまた隣が雪子さんの部屋だった。 ミミ嬢だけは笹岡家の人達と同じ南側で、一番西の部屋(つまり浴室とトイレの隣の部屋)が割り振られていた。
別荘の中はとにかく階段といわず廊下といわず、いたる所がピカピカと輝いていて、歩くのも触るのもはばかれるほど、部屋は部屋で見る物全てが初めて見る物ばかり、何がどうなっているのやらほとんど見当もつかず、息が詰まりそうだった。 そんなあまりに豪華で華麗な様子に圧倒されてしまった僕は、荷物の整理もせず、しばらくの間茫然自失としていた。
そのままどれくらいたっただろうか、どこかでノックの音がするのに気がついてようやく我に返った。 伴ちゃんとミミ嬢と雪子さんが作戦会議を開くためにやって来たんだ。 部屋を見ただけでこんな情けない状態じゃあ、この先一体どうなることやら……。