日本語の「ヤ行」と「ワ行」は、韓国語では半母音と複合母音として分類されています。 日本の50音図の中でヤ行とワ行だけが特殊な配列になっている理由も、これらが母音であることに由来しています。
ヤ行の音は単母音の「イ」と「アウエオ」が複合した複合母音と考えることができます。 つまり、イア→ヤ(ia→ya)、イウ→ユ(iu→yu)、イエ→イェ(ie→ye)、イオ→ヨ(io→yo)となったわけです。 これらの音は韓国語では全て母音として現存していますが、日本語ではどうしたわけか「イェ(ye)」が消滅してしまっています。 これらが母音として機能できることは、「ャュョ」と小文字で表記されて、母音であるア行とワ行以外の行の、子音の後に発音されることからわかります。
ワ行の音は、単母音の「ウ」と「アイエオ」が複合した、複合母音と考えることができます。 つまり、ウア→ワ(ua→wa)、ウイ→ヰ(ui→wi)、ウエ→ヱ(ue→we)、ウオ→ヲ(uo→wo)となったわけです。 これらの音も韓国語では全て母音として現存していますが、日本語ではヰとヱは事実上消滅し、ヲも特殊な用法しか残っていません。 これらが母音として機能できることは、「なんと、そんなバカな!」を強調したい時に、「ぬわんと、すをんなぶわかな!」と発音したりすることからわかります (一部のネットワーカーは、このような言葉遣いの書き込みをすることがあります。(^_-))。 この発音法は母音であるア行とヤ行以外の全ての行に適用することができます。
カ k | サ s | タ t | ナ n | ハ h | マ m | ラ r(l) | |
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ア a | カ ka | サ sa | タ ta | ナ na | ハ ha | マ ma | ラ ra(la) |
イ i | キ ki | シ si(shi) | チ ti(chi) | ニ ni | ヒ hi | ミ mi | リ ri(li) |
ウ u | ク ku | ス su | ツ tu(tsu) | ヌ nu | フ hu(fu) | ム mu | ル ru(lu) |
エ e | ケ ke | セ se | テ te | ネ ne | ヘ he | メ me | レ re(le) |
オ o | コ ko | ソ so | ト to | ノ no | ホ ho | モ mo | ロ ro(lo) |
ヤ ya | キャ kya | シャ sya(sha) | チャ tya(cha) | ニャ nya | ヒャ hya | ミャ mya | リャ rya(lya) |
ユ yu | キュ kyu | シュ syu(shu) | チュ tyu(chu) | ニュ nyu | ヒュ hyu | ミュ myu | リュ ryu(lyu) |
ye | キェ kye | シェ sye(she) | チェ tye(che) | ニェ nye | ヒェ hye | ミェ mye | リェ rye(lye) |
ヨ yo | キョ kyo | ショ syo(sho) | チョ tyo(cho) | ニョ nyo | ヒョ hyo | ミョ myo | リョ ryo(lyo) |
ワ wa | クァ kwa | スァ swa | ツァ twa(tsa) | ヌァ nwa | ファ hwa(fa) | ムァ mwa | ルァ rwa(ra) |
ヰ wi | クィ kwi | スィ swi | ツィ twi(tsi) | ヌィ nwi | フィ hwi(fi) | ムィ mwi | ルィ rwi(ri) |
ヱ we | クェ kwe | スェ swe | ツェ twe(tse) | ヌェ nwe | フェ hwe(fe) | ムェ mwe | ルェ rwe(re) |
ヲ wo | クォ kwo | スォ swo | ツォ two(tso) | ヌォ nwo | フォ hwo(fo) | ムォ mwo | ルォ rwo(ro) |
以上のことを考慮して50音図を再編成しますと、左表のようになります。 「ン(n)」は語(音節)の最後にくる子音で、韓国語では「パッチム」といいます。 パッチムは「n」以外にも「p、t、k、l、m」などがありますが、日本語では「n」以外は全て後に母音がついて、普通の1文字となってしまっています。
「シ(si)」と「チ(ti)」と「ツ(tu)」は実際には「shi」「chi」「tsu」と発音されますが、これらの子音「sh」「ch」「ts」は韓国語では「s」や「t」とは別に存在します。 日本語ではこれらの子音は混同されて使われるようになったため、チとツが濁音になった場合、本来ならば「ヂ(di)」「ヅ(du)」と発音されるところを「zi」「zu」と発音され、発音上は「ジ」や「ズ」と区別が付かなくなってしまっています。
またワ行が母音として使われなくなったため、「ヴァ(va)」「ヴィ(vi)」「ヴ(vu)」「ヴェ(ve)」「ヴォ(vo)」という発音が、「バ(ba)」「ビ(bi)」「ブ(bu)」「ベ(be)」「ボ(bo)」と区別が付かなくなってしまっています。
ル行は実際には「r」ではなく「l」という子音で発音され、ワ行の母音が付いた時だけ「r」に近い音で発音されます。 日本人は「r」の発音が下手で、「r」と「l」を区別して発音できないとよく言われますが、この原因はワ行が母音として使われなくなってしまったところにあるのかもしれません。
古代ではワ行が母音として使われていた証拠は、旧仮名遣いに残されています。 例えば「関」の音読みは旧仮名遣いでは「くわん」と表記され、昔は実際にも「kwan」と発音されていました。 これに対して「間」は旧仮名遣いでも「かん」と表記され、昔から「kan」と発音されていました。 そして興味深いことに、韓国語で「関」を音読みしますと「kwan」となり、「間」を音読みしますと「kan」となるのです。
また「甲」の旧仮名遣いは「かふ」であり、実際にも「kafu」に近い発音をされていました。 古代の日本語ではハ行の音は破裂音のパ行で発音されていて、やがてハ行になっていったと考えられています。 例えば「日本」は、ニッポン(nippon)→ニフォン(nifon)→ニホン(nihon)と変遷してきました(現在の正式な国名は「ニッポン」です)。 したがって、古代では「かふ」は「かぷ」と発音されていたと考えられます。 そして、「甲」を韓国語読みすると「kap」なのです。
つまり旧仮名遣いは単なる表記上の古い習慣ではなく、最初は発音どおりに仮名で表記していたものが、そのうちに発音が徐々に変化し、表記だけが古いまま残ってしまったものなのです。 一般に発音の変化は表記の変化よりも早いため、日本語に限らずどの言語でもこういった現象が起こります。 例えば英語は表記と発音が食い違っているものが多いのですが、これは英語が旧仮名遣いに相当する表記法であることに原因があります。
日本語の旧仮名遣いは、おそらく万葉仮名あたりにその起源があるものと思われますが、それは古代日本語の発音と古代韓国語の発音が、非常によく似ていたことの名残であると考えられます。 実際、現在の日本人では区別しにくい旧仮名遣いを、日本語も理解できる韓国人なら、苦もなく区別できるということです。
各地の方言に古い母音が残されている例としては、例えば名古屋弁があります。 名古屋弁では「やるきゃぁ」とか「やるみゃぁ」のように、ヤ行の母音を多用しますし、「ちょーでぇよ」のように、乙類の「エ(アに近いエ)」が母音として残っています。
また山陰地方から東北地方一帯にかけて、いわゆる「ズーズー弁」が残っていますが、この方言とよく似た発音が韓国語、特に慶尚道地方(朝鮮半島南東部、古代の新羅に相当)の方言に現存していることも有名です。 例えば東北弁では「おら、東京さ行ぐだ」のように、語中の清音が濁音として発音されることがあります。 この語中の清音の濁音化は、韓国語では一般的な現象です。 さらに日本語と同じように韓国語の肯定文は「…ダ」で終わり、疑問文は「…カ?」で終わります。 この「ダ」と「カ」の発音は、日本の共通語よりも東北弁の「…だ」と「…か?」の発音に近いのです。
韓国の最南端、日本の対馬とほんの目と鼻の先に、済州島(ジェジュド)という島があります。 この島の方言は標準的な韓国語とひどく異なっていて、済州島以外の人にはほとんど聞き取れないほどだそうです。 そして「島は残す」という言葉があるように、その方言は古代からあまり変わっておらず、しかも日本語とよく似ているのです。
面白いことに、言語や文化は元々の発祥の地よりも、それが伝来した土地において古い形式のまま残りがちです。 発祥の地では時代の流れにつれて形がどんどん変わるのに対して、伝来した土地では形からマネすることが多く、内容をはっきりと理解しないまま、形式だけを律義に守り通すからでしょう。 日本における仏教のお教や、フランス式のテーブルマナーなどがその典型です。 これらは、本家本元の発祥の地では既に歴史的なものになりつつある言語とマナーです。 「島は残す」と同様に、「伝来文化は形骸化して残る」わけです。 その意味で日本海側の地方の方言と済州島の方言は、古代朝鮮語と古代日本語のつながりを解明する上で重要なカギとなる気がします。