下図は4章でも説明した世界各国の1万人あたりのCOVID-19累積感染者数の推移と、東南アジア諸国の1万人あたりのCOVID-19累積感染者数の推移です。 左の図ではイタリア(IT)、アメリカ(US)、ドイツ(DE)、中国(CN)湖南省、オーストラリア(AU)、韓国(KR)、日本(JP)の順で、JPの感染率は約0.8人/1万人(実数にして約1万1千人)です。
右の図はグラフの縦軸の上限を1人/1万人にし、対照集団として日本(JP)を入れておきました。 日本以下、フィリピン(PH)、タイ(TH)、インドネシア(ID)、カンボジア(KH)、ベトナム(VN)の順です。 東南アジア諸国はほとんどが1人/1万人以下で、この中では感染率が最も低いベトナム(VN)は約0.03人/1万人(実数にして268人)です。 欧米諸国と比較するとどの国も驚異的に感染率が低く、マスコミが感染予防対策の大成功例として持ち上げないのが不思議です。
これらの東南アジア諸国に共通する要因を探すと、例えばマラリア感染者が多いという点があります。 現在の全世界のマラリア感染者は約2億1000万人/1年間であり、そのうちの約92%(約2億人/1年間)がアフリカ諸国で、約5%(約1000万人/1年間)が東南アジア諸国です。 そのため、
「COVID-19に感染するのが怖いから、東南アジアに行って、マラリアに感染してくる……!」
でも例えば、
「BCG接種をしている国(日本等)はCOVID-19感染率が低いので、BCG接種をして欲しい!」
これらの相関関係は実際には見かけ上のものが多く、錯誤相関とか幻相関(illusory correlation)と言われています。 東南アジア諸国の感染率の低さの大きな要因は、おそらく容易に憶測できると思います。 でも予防原則――常に最悪の事態を想定して行動する――に従い、その憶測についてはあえて書かないでおきます。
ちなみにインターネット上で「相関関係と因果関係は違う!」といって、色々な事例を挙げて説明しているものを見かけます。 確かに相関関係と因果関係は異なりますが、その説明が少々不正確なものがけっこうあります。
統計学的には、相関関係は2種類のデータがお互いに影響を与え合っている相互関連性「A←→B」のことです。 例えば人間関係は、たいてい相関関係ですよね。 そして相関関係の強さを表す指標が相関係数です。 それに対して因果関係は一方のデータだけがもう一方のデータに影響を与える関係「A(原因)→B(結果)」のことです。 例えば「喫煙によって肺癌が発症する」という関係は因果関係です。 そして因果関係の強さを表す指標が寄与率です。 (当館の「統計学入門・第5章 相関と回帰」参照)
以上のように感染予防対策には各国の自然環境と社会環境と国民性が大きく反映されます。 各国の医療従事者達は、自国のそれらの要因を考慮して、試行錯誤しながら最適と思われる感染予防対策を立て、まさしく命がけで実践しています。 そのため他国の感染予防対策の中で、自国に応用できそうな部分を学ぶことは大切ですが――実際、各国の感染専門家達は定期的に連絡を取り、意見を交換し合っています――、色々な要因を考慮せずに、表面的な結果だけを見て対策の効果を比較するのは、あまり意味のあることではありません。
集団の背景因子(性別や年齢等)が異なれば、同じ疾患でも感染率と死亡率が異なるのは当然です。 そのため医学分野では、色々な集団における疾患の発症率や死亡率を比較する時は背景因子による補正をし、調整発症率や調整死亡率にしてから比較するのが常識です。 その意味でCOVID-19の場合は、国と国の比較よりも、国ごとに同じような性質のインフルエンザとかスペイン風邪と比較する方が合理的です。
現在のところCOVID-19の感染率・死亡率ともに、どの国もインフルエンザ・肺炎の100分の1程度、スペイン風邪の1000分の1以下に抑えていて、奇跡的な成功を収めつつあると言って良いと思います。 これに比べれば国と国の感染率のたかだか数倍の違いはほとんど誤差範囲でしょう。 繰り返しになりますが、世界各国の医療従事者の方々に心からの敬意を表します。