玄関小説とエッセイの部屋エッセイコーナー選挙四方山話

【第5章 最終準備期間】

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選挙説明会が終わると、いよいよ最終準備期間に入ります。 まず選挙説明会の翌日に後援会の役員会を開き、具体的な選挙活動計画を決めました。 その内容はだいたい次のようなものです。

1.選挙対策本部設置

事務長(総括責任者)1名、選挙参謀2名、出納責任者1名、後援会会長1名、事務局1名を選出。

選挙参謀は、Mさんの後援会幹部であり、Mさんの選挙の参謀役をやってきた選挙プロのGさんと、準選挙プロのPさん(仮名)にお願いし、そこに僕も加わることになりました。 GさんとPさんにはすでに後援会の執行部会にも参加してもらい、色々とアドバイスをしてもらっていました。 そしてこの役員会以後は後援会活動から選挙活動に比重が移るため、活動のイニシアチブを取る役目が、後援会会長のNさんと後援会事務局の僕から、事務長のCさんと参謀のGさんとPさんに移ることになります。

2.地区責任者選出

小地区ごとに1名選出。

小地区の取りまとめ役として地区責任者を1名決めます。 これは後援会の小地区代表役員がそのまま兼任しました。

3.立候補届け出

届出責任者1名を決めて、立候補者と一緒に届出書類を作成し、事前審査と本番の届出にも同行します。

これは参謀のひとりであるPさんが担当することになりました。

4.選挙事務所設置

事務長が責任者になって選挙事務所設置届出書類を作成し、立候補者と一緒に選挙管理委員会に届け出ます。

選挙事務所はMさんが選挙事務所として使っていた倉庫を借用し、2月初頭の大安吉日に事務所開きをすることになりました。 そして選挙スタッフと来客用の駐車場を、事務所近くの空き地に確保することになりました。 選挙期間中は選挙対策本部をここに置き、本部役員は毎日ここに詰めることになります。 また選挙期間中はひっきりなしに来客があるので、その接待係を女性役員が交代で務めることになりました。

5.設備・備品

事務長と参謀の指示に従って、役員で手分けして選挙に必要な設備と備品を準備します。

これは、事務局と参謀を兼任している僕が中心になって行うことになりました。 準備するものはだいたい次のようなものです。

6.事務所開き

事務所開き前日に事務所の清掃と準備をし、事務所開き当日は、お神酒、塩、アタリメ(スルメ)等を用意して簡略な事務所開き式を行います。 そして式の後、事務所周辺の家に挨拶回りをします。

事務所開きには、選挙対策本部と地区責任者が参加することになりました。 事務所開きの前日は金曜日なので、都合のつく人だけが集まって、事務所の清掃と準備をすることになりました。 僕は、会社から帰ってから準備を手伝うことにしました。

事務所開きを大安吉日に行い、事務所開き式を簡略ながら神道の祭祀に倣って行うなど、選挙はかなり縁起を担ぎ、しかもけっこう宗教色があります。 昔から「まつりごと」といわれるように、これは政教一致の名残かもしれませんし、神道が生活の中に深く浸透している土地柄だからかもしれません。 さらに選挙は勝負事の一種であり、勝負事は縁起を担ぐことが多いからかもしれません。

選挙運動をしていると、選挙スタッフの間に連帯感と一体感が生まれ、妙な高揚感と陶酔感があります。 これはスポーツのサポーターや、宗教のイニシエイションや、以前流行った能力開発と同じ種類のものであり、選挙運動にはまる人がいるのもわからないではありません。 自治会活動と選挙活動をやってみて、政治と宗教は完全には分かちがたいものであり、だからこそ政教分離というお題目を唱えて、いつも自制する必要があるということがよくわかりました。

7.出陣式

選挙期間初日の告示日に選挙事務所で行います。 参加者は選挙スタッフと一般住民であり、あらかじめ案内状を一般住民に配っておきます。

事務所には100人ぐらいしか入れませんが、一応、案内状を400枚ほど準備することにしました。 案内状は当然、事務局の僕が作成します。 出陣式の式次第は次のように決まり、司会進行役をやはり僕が担当することになりました。

  1. 開会の辞
  2. 事務長挨拶
  3. 来賓挨拶
  4. 後援会挨拶
  5. 立候補者挨拶
  6. 必勝ダルマ目入れ
  7. がんばろう三唱
  8. 乾杯
  9. 閉会の辞

8.打ち上げ

選挙最終日に即日開票があり、その日の夜、選挙スタッフ一同で打ち上げを行います。

打ち上げの内容は選挙結果によってかなり変わるので、内容はまだ未定ということにしておきました。 ただし選挙対策本部の間では、一応、鏡割りの準備をするように相談がまとまっており、参謀のPさんが担当することになっていました。

9.ポスター掲示

ポスターは立候補の届出が受理された後でなければ掲示できず、立候補の届出番号がそのままポスター掲示板の番号になります。 このため立候補の届出が受理されて届出番号が決まると、届出責任者がすぐさま本部に連絡を入れ、本部から掲示担当者に連絡を入れます。 そして掲示担当者は掲示板が設置してある掲示場に待機していて、連絡が入り次第すぐにポスターを掲示できるように準備を整えておきます。

T町には5つの小学校区があり、各小学校区ごとに10〜20箇所、全体で91箇所の掲示場があります。 このため各小学校区ごとに掲示責任者を1名決め、その中の1人に全体の掲示責任者を兼ねてもらうことにしました。 掲示責任者は、Mさんの選挙の時にポスター掲示を経験したことのある後援会役員のKさんに担当してもらい、Kさんが中心になって、選挙スタッフの中から掲示担当者を選ぶことになりました。

準備するものはポスター、掲示場の地図、脚立、セロテープ、画鋲、画鋲用金槌、ガソリンチケット、自動車と携帯電話一覧表等であり、これは事務局の僕が中心になって準備することになりました。 ポスターは既に200枚作成済みであり、掲示場の地図も選挙説明会で入手済みでした。

10.街宣車

お馴染みの街宣車つまり選挙運動用自動車は、選挙運動の中心になるものであり、選挙管理委員会と警察署の特別許可を受けたものを1台だけ使用することができます。

街宣車は、立候補の届出後に、選挙管理委員会に使用届けを提出して使用許可証をもらい、それを警察署に提出して車体のチェックを受けた後に、警察署から特別許可証(設備外積載許可証)を貰い、それから選挙運動に使用することができます。 設備外積載許可証を貰うには色々と面倒なチェックを受ける必要があり、チェックを通らないと許可が貰えずに街宣車を使うことができません。 このため立候補の届出と同じように、告示日の前にあらかじめ事前審査を受けることができます。

街宣車が1台だけで動くことはあまりなく、たいていは1〜2台の伴走車がつきます。 伴走車は普通の自動車であり、街宣車のように選挙活動に利用することはできません。 このため運転手の交代要員やウグイス嬢の交代要員を載せたり、選挙用の備品を載せたりします。

街宣車の準備や活用は選挙プロがいないと難しいので、責任者は参謀のGさんが担当することになりました。 またウグイス嬢もプロがいなければまとまりがつかないので、Mさんの選挙でいつもウグイス嬢をやっていたUさん(仮名)にまとめ役を頼みました。 さらにRさんの知り合いの市会議員の娘さんで、親の選挙のたびにウグイス嬢をやっているベテランが応援に来てくれることになり、その人にウグイス嬢のコーチ役をやってもらうことになりました。

街宣車と伴走車の準備と搭載品などは、責任者のGさんが中心になって準備することになり、後学のために僕もそれを手伝うことにしました。 準備するものは大体次のようなものです。

11.公選ハガキ

選挙運動用として認められたハガキを、「公選ハガキ」といいます。 選挙管理委員会から候補者用通常葉書使用証明書と選挙運動用通常葉書差出票をもらい、それを普通のハガキにつけて町の郵便局に提出すると、公選ハガキとして特別扱いしてくれ、翌日には必ず配達してくれます。 公選ハガキの最大枚数は選挙の規模によって決まっていて、今回は800枚でした。 また公選ハガキを出すことができるのは、立候補の届出が受理されてから投票日の前々日までと決まっています。

公選ハガキはポスターと一緒にすでに1000枚印刷済みであり、後は宛名書きです。 宛名はコンピュータによってプリントすることもできますが、公選ハガキは選挙スタッフが知り合いに候補者を推薦するためのものですから、推薦者自らが手書きした方が効果があります。 そこで地区ごとに適当な枚数を分配し、地区責任者が中心になって地区スタッフと一緒に人海戦術で書いてもらうことにしました。 一応、地区のスタッフはその地区の人宛てに出すことになりますが、どうしても出したい人があって、他のスタッフが出す人と重複することがあります。 そこで、まず地区責任者に重複をチェックしてもらい、それを本部に集めてさらに重複をチェックをすることにしました。

僕は後援会会員名簿をコンピュータでデータベース化していたので、最終的には全ての公選ハガキを僕のところに集約して最終チェックをし、立候補が受理されたらすぐにそれを郵便局に届けることにしました。 このため、公選ハガキの届出責任者は僕になりました。

12.電話作戦

有権者に電話をかけて選挙運動をすることは、公選法で認められています。 戸別訪問は認められていないのに電話が認められているというのは、何となく矛盾しているような感じがしないでもありません。 しかし戸別訪問が認められていないのは、戸別訪問が金銭授受の温床になる危険性があるからであり、電話ならばその危険性が少ないということで認められているのです。

インターネットを利用した選挙運動については、そもそも公選法はそんなコミュニケーション手段が夢想もできない頃に制定された時代遅れの法律なので、今のところおざなりな取り決めしかありません。 しかしインターネットを利用した選挙運動については、今後はもっと深く議論されてしかるべきものでしょう。

それはともかく、選挙事務所は人の出入りが多く、騒音が激しいので、電話作戦には向きません。 そこで、Rさん宅の2階を電話作戦の本部にすることにしました。 このため選挙事務所用の電話を申請する時に、電話作戦用の専用電話も2台申請していて、それはRさん宅の2階に設置することにしてありました。 そして参謀のPさんの奥さんが元電話交換手をやっていて、Mさんの選挙の時にも電話作戦の中心になっていたので、今回もその人に責任者をやってもらうことになりました。

13.個人演説会

個人演説会を公営施設で行う場合は、開催予定日の2日前までに、選挙管理委員会に個人演説会開催申込書を提出して許可を貰う必要があります。 そしてその他の施設で行う場合は、施設の規約に従います。

Mさんの地盤である3つの地区にはそれぞれ私営公民館があり、今回はその3つの公民館で1回ずつ行うことになりました。 どの公民館も地元住民の寄付金で立てた公民館であり、公営ではないので選挙管理委員会への申し込みは必要ありません。 町会議員選挙のような小規模な選挙の場合、地元の私営公民館を選挙事務所代わりに使う候補者が多く、その場合はもちろん、そうでない場合でもたいていは地元の候補者しか個人演説会を開きません。 このため個人演説会は有権者が候補者選びの参考にするためのものではなく、地区の住民が一致団結して地元候補者を応援するための、決起大会のようなものになります。

今回の選挙では、2つの地区はRさんしか個人演説会を開催しません。 しかし隣の地区の候補者であるTさんが、暗黙の協定を破って手を出したため、地区を半分に分けて両方の候補者を応援することにした1つの地区は、Rさんの個人演説会とTさんの個人演説会の両方を開くことになりそうでした。 個人演説会は本来そうあるべきであり、有権者のためにはその方が良いと思っている僕は、それを当然と受け止めていました。 しかし他の幹部の人達は、協定違反だと文句をいっていました。 僕と他の幹部の人達とのこういった感覚的なズレは、選挙運動が進むにつれて次第に大きくなっていきます。

個人演説会には来賓を招き、応援弁士が応援演説をするのが普通です。 このため来賓として町長と県外議員を招くことになり、応援弁士は各地区の顔役の人に頼むことになりました。 そういった依頼や根回しには、候補者と一緒に後援会会長のNさんと、顧問のMさんも同行するため、個人演説会の責任者はNさんになりました。 そして司会進行役は、当然のことながら事務局で仕切り屋の僕が担当することになりました。 そして個人演説会の案内状と来賓および応援弁士の招待状も、例によって僕が作成することになりました。 こういった案内状や招待状は会社の仕事がらみで何度も作ったことがあるので、けっこう慣れているのです。

14.選挙立会人

第4章で説明した選挙立会人は、立候補の届出が受理された後から、投票日の3日前までに選挙管理委員会に推薦することになっています。

今回の選挙では選挙幹部の中のひとりにやってもらうことにしましたが、抽選に外れて結果的に立会人は出せませんでした。 しかし今回の選挙では、選挙結果に影響を及ぼすような問題は発生しなかったので、立会人を出せなかったことが不利になるようなことはありませんでした。

15.出納責任者

第4章で説明した出納責任者つまり選挙会計は、立候補の届出が受理された後に、出納責任者選任届けを選挙管理委員会に提出して許可を得ます。

今回は名義だけRさんの娘婿にしておき、実質的には娘さんにやってもらうことになりました。 名義だけ娘婿にしたのは、名義上だけでも家族以外の人にしたかったことと、この土地に色濃く残る男尊女卑の風潮に配慮した結果です。 そういった風潮に反発を感じる僕は、堂々と娘さんの名前にすべきだと主張しましたが、やはり幹部の人達に反対されてしまいました。 また僕が補佐役をすることはRさんと僕の間でこっそりと決めただけで、幹部にも役員に知らせませんでした。 何しろこれは黒幕的な仕事ですから、あまりおおっぴらにしない方が良いだろうと判断したからです。

16.選挙終了後の処理

立候補届け出時に貸与された腕章などは、選挙終了後、すぐに選挙管理委員会に返還します。 この責任者は、立候補の届出責任者になった参謀のPさんが兼任し、候補者と一緒に返還処理を行うことになりました。

また投票後15日以内に、選挙運動費用収支報告書を選挙管理委員会に提出することになっていて、これは出納責任者の役目です。 一般の選挙スタッフは投票が終われば選挙活動は終わりですが、出納責任者とその黒幕(つまり、この僕σ(^^;))にとっては、会計処理が終わるまでは選挙活動は終わらず、しかもこの仕上げの段階が一番難しい部分なのです。

17. 選挙慰労会

選挙で当選しても落選しても、選挙スタッフの慰労会と祝賀会または残念会を兼ねた宴会を行うのが慣わしですので、今回も行うつもりでいました。 しかし投票日の前後90日間ほどは、何かと慎重に行動しなければならないので、選挙3ヶ月後ぐらいをめどにするということを幹部の間で話し合っただけで、役員会では特に発表しませんでした。