玄関小説とエッセイの部屋エッセイコーナー選挙四方山話

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……というわけで、自治会と氏子会の違いという口実で、田舎で暮らすことになった人間の恨みつらみをぶちまけたついでに(^^;)、後援会と選挙組織の違いを説明しておきましょう。 後援会と選挙組織は同じようなもので、後援会の会員がそのまま選挙スタッフになると考えている人が多いと思います。 僕も、実際に選挙運動をするまではそう考えていました。 ところが第2章で説明したように、選挙運動と後援会活動がはっきりと区別すべきものであることと同様に、後援会と選挙組織もはっきりと区別すべきものです。

選挙運動が選挙のためだけの一時的な運動であり、後援会活動とは独立したものであるように、選挙組織は選挙のためだけの一時的な組織であり、責任者も事務所も会計も全く独立したものです。 後援会はいわば候補者のファンクラブであり、建前上は候補者本人とは独立した組織です。 そして後援会が候補者に私物化されるのを防ぐ意味で、後援会事務所は候補者本人とは無関係な場所、例えば後援会会長宅などにすることが多く、会計もできるだけ候補者とは無関係な人を選びます。

それに対して、選挙運動は基本的に候補者が行うものです。 このため選挙スタッフを選ぶのは候補者であり、責任者は候補者本人です。 しかし候補者は何かと忙しいので、たいていの場合は選挙組織の取りまとめを任せる人として選挙事務長を選びます。 選挙事務長は選挙活動を取り仕切る中心的な存在であり、たいていは選挙活動の経験が豊富な後援会の幹部が務めます。 ただし後援会会長は候補者と行動を共にすることが多いため、後援会会長が必ず選挙事務長を務めるとは限りません。 この役は実務上は重要ですが、公職選挙法上は公式な役ではなく、候補者の補助役というあくまでも私的な役です。

選挙事務所は、後援会事務所と違って候補者と関係の深い場所、例えば候補者の自宅などにすることが多く、選挙運動の会計もたいていは候補者の家族が務めます。 これは、金銭の管理は十分に信頼できる人に任せるということ以外に、選挙費用は候補者の家計との区別が曖昧になってしまうことが多く、往々にして候補者の家計に立ち入って金銭の管理をする必要があるからです。 第7章で詳しく説明しますが、選挙では選挙運動の会計と後援会の会計と候補者の家計の3つを明確に区別し、それを証明できる証票類を揃えておくことが大切です。 これらの区別を曖昧にすると、選挙違反になってしまいます。

選挙費用の管理は非常に重要ですから、選挙事務長と違って、選挙会計は公職選挙法では「出納責任者」という公式の役職になっています。 そして候補者が出納責任者を任命し、正式な任命届けを選挙管理委員会に提出します。 今回のRさんの選挙では、第2章で説明したようないきさつから、Mさんの後援会会長だったCさんが後援会副会長と選挙事務長を兼任しました。 そして書類上の出納責任者はRさんの娘婿にしておき、実際の会計役はRさんの娘さんが務めました。 ただし娘さんは仕事で会計処理をしているものの、選挙の会計をするのは初めてなので僕が補佐役をしました。

こうして僕は、後援会の事務局と選挙の事務局を兼任し、後援会会計の補佐役と選挙会計の補佐役も兼任するという、いかにも影の黒幕的な仕事ばかりを務め、選挙と後援会の裏を深く知ることになりました。

さて、後援会名簿を整理し、選挙事務所が決まり、選挙七つ道具のめどが立ったところで、当初のタイムスケジュールでは総決起大会を開くべき時期になりました。 僕は選挙初体験ですから、総決起大会の開催要領はもちろん知りません。 そこで本で調べたり、コーチ役の選挙プロHさんに教えてもらったりして内容を研究し、総決起大会の試案を作って後援会の幹部の人達に相談しました。

ところがA地区では今まで総決起大会を開いたことがないため、Mさんの後援会幹部の人達は総決起大会の開催には消極的でした。 そして総決起大会の試案の内容が、いつも開いている立会演説会の内容と似ているため、同じような大会を2度も開く必要はないのではないかという意見でした。 その人達から色々と話を聞いてわかったことは、この土地では、後援会の役員会が後援会結成大会代わりになっているのと同じように、立会演説会が総決起大会の代わりになっているらしいということでした。

総決起大会と立会演説会は、本来は内容も目的も異なったものです。 しかし候補者が地区の利権を守るための地区代表のようなものであり、地元では地元地区の候補者しか立会演説会を開かないこの土地では、立会演説会は、有権者が候補者選びをするための会ではなく、地区の住民が一致団結して候補者を応援するための決起大会代わりになっているようでした。 Rさんはこの土地での選挙経験があるので、そういったことはある程度わかっていて、今回はこの土地の慣習に従うことに賛成しました。 そこで致し方なく、しぶしぶながら僕もその意見に従うことにしました。

こうして後援会の懇親会問題に続いて、またしても現実の前に妥協することになりました。 この問題は、現実的にはそれほど大きな問題ではありませんでした。 しかし自分で立てたスケジュールが狂わされ、心に描いた理想が現実の前に妥協を繰り返さざるを得ないというのは、何ともやり切れない気持ちでした。

そうこうしているうちに1月の中旬になり、町役場で選挙管理委員会による選挙の説明会が開かれることになりました。 説明会は平日の昼間でしたが、僕は有休を取って、Rさんと選挙事務長のCさんと一緒に参加しました。 説明内容は選挙のスケジュール、各種の届出書類と配布書類、選挙運動に関する注意、選挙運動費用に関する注意などで、非常に細かい点まで具体的に説明してくれました。 事前に本を読んだり、コーチ役の選挙プロから話を聞いたりしていたので、説明された内容についてある程度の知識は持っていましたが、この説明会で初めて知ったことも少なからずありました。

例えば立候補の届出書類の事前審査が1月末にあることや、選挙報道などでよく使われる「届け順」が、実際には抽選によって決まることが多いということなどは、この説明会で初めて知りました。 役所に提出する書類の例に漏れず、立候補の届出書類はやたらと形式ばっていて、作成するのがしち面倒くさく、不備があると受け付けてくれません。 選挙運動は届出が受理されてからしか始められないので、もし届出書類に不備があると、選挙運動のスケジュールが狂ってしまい大きな痛手です。 そこで、本当の受付日の半月ほど前に選挙管理委員会が事前審査を行い、届出書類に不備がないかどうかを審査してくれるのです。

立候補の届出は原則として先着順であり、この順番はポスターの掲示場所や広報などに使われます。 しかし実際には、受付開始時刻前にほとんど全ての立候補者が町役場に詰めかけています。 そこで届出順を決める抽選をするための整理券が配られ、その抽選によって届け順が決まります。

また選挙立会人(りっかいにん)のことも、この説明会で初めて知りました。 立会人は、選挙が公平に行われることを監視し、内容が判別しにくい問題票の処置を選挙管理委員と一緒に審議する役であり、立候補者ごとに1名推薦することができます。 ただしそれらの人が全員立会人になれるわけではなく、抽選によって約半数の人だけに絞られます。 ちなみに今回の選挙では23名の立候補者が23名の人を立会人に推薦し、その中から抽選で10名だけが選ばれました。 僕等の陣営が推薦した人は、残念ながら抽選で外れてしまいました。

この説明会には、よほどの事情が無い限り全ての立候補予定者が参加するため、ここで立候補者の顔ぶれがわかります。 会場では、みんなが周囲を見渡して立候補予定者と選挙幹部の顔ぶれを確認し、顔見知りの人がいるとにこやかに、かつ空々しく挨拶を交し合って、お互いに相手の腹を探ります。 今回は区長時代に顔見知りになった人がけっこう参加していて、色々な人から、

「今回は、てっきりアンタが立つとばかり思っていたよ」

といわれてしまいました。 各小学校区の区長会長は、自動的に町の区長会の執行部役員になります。 僕は小学校区の区長会長の時に、町の区長会の副会長をやっていました。 そして、そこでもけっこう強引に区長会を運営していたので、わりと顔が売れていたのです。

しかしこの説明会で会った顔見知りは、たいていあまり肌が合わない悪徳政治家タイプの人であり、肌が合った人はほとんど参加していませんでした。 これは当然といえば当然のことでしょうが、とんでもない世界に足を踏み入れたことをあらためて実感させられました。