玄関雑学の部屋雑学コーナーワクチンの有効性と安全性

8.重症化予防効果

この臨床試験は、重症COVID-19に対するワクチン有効率を副次評価項目(secondary end point)にしています。 その結果について論文の本文中では、Figure3で示したようにBNT162b2接種群の重症例が1例しかないことから、「重症COVID-19に対してもBNT162b2が有効である」つまり「重症例を減らす効果がある」と示唆しています。 またこのことから、BNT162b2にはワクチン関連疾患増強現象VMED(vaccine-mediated enhanced disease)――ワクチンによって抗体ができ、その抗体のためにCOVID-19や他の疾患が悪化する現象で、副作用の一種――は少なくとも試験期間中には発現しなかったと示唆しています。

そして本文中には記載されていませんが、AppendixのTable S5に重症COVID-19に対するワクチン有効率が記載されています。 そのワクチン有効率と95%信頼区間は次のとおりで、Table3と同様に信頼区間をクロッパー・ピアソン法で求めています。

・1回目の摂取後の重症COVID-19発症について
 BNT162b2接種群:発症例数=1 観測期間(1000人年単位)=4.021(追跡例数=21314)
 プラセボ接種群:発症例数=9 観測期間(1000人年単位)=4.006(追跡例数=21259)
 ワクチン有効率(VE)=88.9% 95%信頼区間(95% CI)=20.1〜99.7%

上表から、重症例が全体で10例しかないのでワクチン有効率の信頼区間の幅が広く、信頼性が低いことがわかると思います。 そのためこの結果は、今後、詳細な研究を行うための参考程度と考えた方が良いと思います。 またハザード比を利用してワクチン有効率とその95%信頼区間を求めると次のようになり、95%信頼区間がわずかに広くなります。

・1回目の摂取後の重症COVID-19発症について
 ハザード比(HR)=0.110697 ln(HR)=-2.20096
 ln(HR)の95%信頼区間:ln(HR)=-4.26695〜-0.134979
 ハザード比の95%信頼区間:HR=0.0140246〜0.873735
 ワクチン有効率:VE=1-HR=0.889303(88.9%)
 ワクチン有効率の95%信頼区間:VE=1-HR=0.126265〜0.9859754(12.6〜98.6%)

ちょっと気になるのは、Table S5の結果を引用して、

「ワクチンは、たとえ発症しても重症化を防ぐ効果がある」

と説明している文章をチラホラ見かけることです。 中には「ワクチンは感染するのを防ぐことはできず、重症化を防ぐだけである!」などという、明らかに間違ったトンデモ怪説もありました。

ここであらためて整理しておくと、新型コロナウイルスつまりSARSコロナウイルス2(SARS-CoV-2)による急性呼吸器症候群という新興ウイルス感染症のことをCOVID-19(コビッド・ナインティーン)といいます。 そしてSARSコロナウイルス2が体内に侵入し、体内で増殖することを「感染」正確には「SARSコロナウイルス2に感染」といい、それによって急性呼吸器症状が発現することを「発症」正確には「COVID-19を発症」といいます。

僕の文章中でも、ついつい「COVID-19に感染」と書いてしまうことがあります。 でもこれは、正確には「SARSコロナウイルス2に感染してCOVID-19を発症する」と書かなければいけないところです。 マスコミなどが使う「感染」と「発症」も、このあたりのことを混乱して使っていることがあるので注意が必要です。

ちなみに体内にウイルスがいるにもかかわらず感染症を発症せず、他の人にウイルスを感染させるかもしれない人のことをウイルスキャリア(ウイルス感染者)または単にキャリア(carrier、運ぶヒト)といいます。

一般に、ワクチンはウイルスが体内に侵入するのは防げません。 しかし体内でウイルスが増殖するのを防いだり(感染予防効果)、症状が発現するのを防いだり(発症予防効果)、重症化するのを防いだり(重症化予防効果)、死亡するのを防いだりする効果(致死予防効果)があります。

この臨床試験はワクチンのCOVID-19発症予防効果を主要評価項目にし、重症COVID-19発症予防効果を副次評価項目にしていて、感染予防効果と致死予防効果は評価項目にしていません。 そして厳密に言うと「重症化予防効果」と「重症COVID-19発症予防効果」は別のものです。 重症化予防効果は、本来は「重症化率の低下効果」つまりCOVID-19を発症した人の中で重症化する人の割合を減らすかどうかで評価します。 そのためBNT162b2の重症化率の低下効果を検討するには次のような解析をする必要があります。

・COVID-19の重症化率の比較
 BNT162b2接種群:重症例数=1 発症例数=8 重症化率=0.125(12.5%)
 プラセボ接種群:重症例数=9 発症例数=162 重症化率≒0.056(5.6%)
・重症化率の差=0.069(6.9%)
 重症化率の差の95%信頼区間=-0.228013〜0.366902(-22.8〜36.7%)
 重症化率の差の検定(Fisherの正確検定):有意確率p=0.781607

上記のように、BNT162b2接種群の重症化率はプラセボ接種群よりもむしろ高くなっています。 ただしBNT162b2接種群の重症例がたった1例であり、もしこの1例がなければ重症化率はプラセボ接種群よりも低くなります。 実際、重症化率の差の95%信頼区間は-22.8〜36.7%と0%をまたいでいる上に、区間幅が広く、信頼性がものすごく低いことがわかると思います。 そのためこの解析結果からは、BNT162b2が重症化率を高くするのか低くするのか正確にはわかりません。 そのためこの結果も、今後、詳細な研究を行うための参考程度と考えた方が良いと思います。

ただしワクチンが感染は予防せずに感染症の発症だけ予防するとか、軽症例だけ予防して重症例と死亡例は予防しないということは、普通はあまり考えられません。 この臨床試験でも、上記のようにBNT162b2は軽症例も重症例も予防しています。 そのため常識的にはBNT162b2は感染も発症も予防し、それによって結果的に重症例と死亡例を減らす効果があると考えられます。

でもこれらのことがデータによって科学的に裏付けられるまでは、ワクチンを接種してCOVID-19を発症しなくても、「もしかしたら自分はキャリアかもしれない」と考えて慎重に行動することが必要です。 またワクチンを接種したのに運悪くCOVID-19を発症してしまったら、ワクチンを接種しない人と同様に重症化する危険性があると考えて十分に注意するのが賢明です。