1025. ゲノム四方山話−染色体 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/01/25(火) 18:17:41
 近頃は仕事で遺伝子関係のデータを取り扱う機会が増えたので、ゲノムに関する四方山話をつれづれなるままに書くことにしましょう。(^_-)
 ゲノム(Genome)は遺伝子(Gene)と染色体(Chromosome)を合わせた造語で、ある生物種が持っている遺伝情報全体のことです。
 遺伝子の実体が細胞核に含まれるDNA(DeoxyriboNucleic Acid、デオキシリボ核酸)であることは、今ではほとんどの人が知っていると思います。
 したがってゲノムとは、具体的にはDNAによって構成された遺伝情報だということになります。
 DNAは様々な長さの断片に区切られて細胞核の中に詰まっていますが、細胞分裂の際にはその断片が染色体の形態を取り、染色体単位で分裂して遺伝情報を伝えていきます。
 染色体と呼ばれるわけは、染色液によってよく染まる染色質(DNAとヒストンという蛋白質から成る物質)からできているからです。
 ただしDNAがこの形態を取るのは細胞分裂の時だけであり、普段は折り畳まれて細胞核の中に詰まっています。
 このため普通の細胞をいくら顕微鏡で覗いてみても、残念ながら染色体は見えません。
 そのことを知らなかった若かりし頃の僕は、タマネギの細胞を顕微鏡で覗いてやたらと不思議がったものでした。(^^;)
                            とものり

1026. ゲノム四方山話−二重らせん 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/01/27(木) 10:36:00
 DNAは長い糸状の構造をしており、染色体は2本のDNAがお互いに巻きつき合った二重らせん構造をしています。
 このことを推理したのはワトソンとホームズで、彼等はロンドンのベーカー街221Bにあるアパートで共同生活をしていた……というわけではなく(^^;)、モーリス・ウィルキンスとロザリンド・フランクリンがX線結晶構造解析によって最初に発見しました。
 しかし彼等がその研究成果を発表する前に、ジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックがその研究成果をパクって発表したため、DNAの二重らせん構造の発見は彼等の功績になってしまいました。(~.~)
 この「先に言ったもん勝ち!v(^o^)」というのは、科学界でよくあることです。特に現代では「英語で先に言ったもん勝ち」であり、英語圏以外の国の科学者はかなり損をしています。(~_~)
 科学雑誌に論文を投稿すると、査読(review)といって、その論文の内容を色々な分野の専門家が吟味します。
 そしてたいていの場合は、査読者(reviewer)が論文執筆者に色々とイチャモンを付け、論文執筆者はそのイチャモンに対して回答したり、論文を修正したりします。
 その結果、その論文の雑誌への掲載が受理(accept)されるか、それとも拒否(reject)されるかが決まります。
 海外の科学雑誌に英語論文を投稿した場合、同じような内容の論文でも、英語圏の研究者が書いたものは受理されて、非英語圏の研究者が書いたものは拒否されるということがよくあります。
 この背景には、論文を書いた研究者と査読者の間に政治的な関係がある——例えば、研究者の師匠と査読者が同じ大学の同窓生だった(^^;)——という要因ももちろんありますが、英語を母国語としていない研究者にとって、査読者のイチャモンに明確に答えるのが難しいということも大きな要因になっています。
 英語を母国語にする研究者は言葉巧みに弁明することができますが、英語を母国語にしない研究者はどうしてもたどたどしい言い訳になってしまいがちであり、査読者に納得してもらうのが難しいのです。(~o~)
                            とものり

1027. ゲノム四方山話−ヒトの染色体 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/01/29(土) 11:01:25
 染色体の数と形は生物種によって異なっていて、ヒトの場合は下図のように23対46本あります。これら23対の染色体は長いものから順に番号が付けられていて、1番から22番までは常染色体と呼ばれる普通の染色体であり、最後の23番は性染色体です。対になった染色体は相同染色体と呼ばれていて、一方が父親由来、もう一方が母親由来です。

 性染色体は男性と女性で形が異なっていて、女性はどちらも常染色体と同じようなX字型をしているのに対して、男性は片方の染色体が短くなっています。このため長い方をX染色体、短い方をY染色体といい、XXが女性、XYが男性になるのはご存知のとおりです。

 ヒトのY染色体上には雄性化因子(SRY遺伝子)があり、この因子のお陰でY染色体を持つ個体が男になります。生物は雌が基本であり、Y染色体がないかSRY遺伝子が欠損していると雌になってしまいます。

 Y染色体には相同染色体がなく、単独で存在するため、突然変異などで遺伝情報を失い、形態的にも小型化する傾向にあります。このため、将来はY染色体が消滅してしまうという説を唱える生物学者がいます。すこし前に、この説をマスコミがセンセーショナルに取り上げたため、世の中から男が消滅してしまうのではないかと気の早い心配をしている人がいるそうです。

 しかしY染色体が消滅する頃には他の遺伝子もかなり変異しているはずですから、ヒトは現在のヒトを共通祖先とするいくつかの亜種に分化しているか、それとも環境の変化に対応できずに絶滅している可能性の方が高いでしょう。(^^;)

 また、実際にY染色体を失ってしまった種(ネズミの一種)も存在します。しかしそのような種でも雌雄の性別は保たれているので、雄性化因子に依存しない性別の決定方法が生じていると考えられています。

 異なる性による有性生殖は、別々の個体が遺伝子を混ぜ合わせることによって多様性を増やし、環境の変化に対応しやすくするために採用した戦略のひとつですから、多様性さえ確保できれば単性生殖でもかまいません。

 紀元前4年頃、ユダヤのベツレヘムという町にガリヤラのナザレから来た夫婦が滞在していて、そこで夫人が単性生殖によって男の子を産み、その男の子は随分変わった性格だったという伝説があります。もしこの伝説が事実なら、単性生殖で生まれたヒトの子供はY染色体もSRY遺伝子も欠損しているにもかかわらず男性になり、しかも多様性を保つということになります。(^^;)

                            とものり

1028. ゲノム四方山話−体細胞分裂 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/02/01(火) 21:15:14
 染色体がX字型をしているのは、謎の犯人Xによって殺害された被害者の左手の中指と人差し指が、ちょうどXのような型に交差して重ねられていて、それが犯人を指し示すダイイングメッセージであることを元俳優の名探偵が見抜いたため……というわけではなく(^^;)、細胞分裂に備えてDNAが複製されているからです。

 複製されたDNAは2本の姉妹染色分体になり、それらがほぼ中央にある動原体(セントロメア)と呼ばれる部分でくっついています。そして細胞分裂時に2本の姉妹染色分体が分離して、同じ遺伝情報を持つ2つの細胞になります。

 この時、古い細胞のことを親細胞といい、分裂してできた2つの細胞のことを娘細胞といいます。そして親細胞と全く同じゲノムを持つ娘細胞を作る細胞分裂のことを、体細胞分裂といいます。

 体細胞とは皮膚や内臓などヒトの身体を構成する各部分の細胞のことで、これらの体細胞は、毎日、多くのものが死んでいくため、それを補うために体細胞分裂によって絶えず新しいものが作られています。

 ちみなに生物の生殖や細胞分裂などの用語には、「姉妹」とか「娘」といった単語がよく用いられます。これは将来的にはY染色体が消滅して男性が消滅し、女性だけで単性生殖が行われるようになることを暗示している……わけではなく(^^;)、子供を作ることといえばやっぱり女性を連想するからでしょう。

                            とものり

1029. ゲノム四方山話−減数分裂 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/02/03(木) 10:04:45
 体細胞分裂に対して、卵巣や精巣といった生殖細胞で起こる細胞分裂のことを減数分裂といいます。減数分裂と呼ばれるのは、細胞分裂によって染色体の数が半分に減った細胞ができるからです。

 体細胞分裂と違って、減数分裂では下図のように細胞が2回分裂します。最初の分裂(第一減数分裂)では、まず相同染色体が平行に並び、それが分かれて2つの細胞に分裂します。その際、父親由来の染色体と母親由来の染色体がランダムに2つの細胞に分かれます。

 さらにこの時、相同染色体同士で染色体の一部を交換し、父親由来の染色体の一部に母親由来の染色体が組み込まれ、母親由来の染色体の一部に父親由来の染色体の一部が組み込まれます。これによって新しい遺伝子の組み合わせ、つまり新しいゲノムを持つ染色体ができあがります。これは染色体の「組み換え」または「乗り換え」と呼ばれる現象で、多様性を確保するための巧妙な戦略のひとつです。











 原則として、遺伝情報は染色体単位で子孫に伝わります。そしてひとつの染色体には沢山の遺伝子があるため、それらの遺伝子はいつも一緒に子孫に伝わることになります。このため例えば「金髪碧眼の美人」と言われるように、金髪のヒトは必ず目が青く、鼻が高いといった具合に、別々の遺伝子が関与する複数の特徴がいつも同時に子孫に伝わることが多くなります。これを遺伝子の連鎖といいます。

 ところがこの減数分裂時の染色体の組み換えにより、「金髪緑眼だけど鼻ペチャでそばかすだらけ(*^^*)」といった、笑って笑ってキャンディス・ホワイト・アードレーのような国籍不明美少女キャラが生まれることになります。(^^;)

 次に2つの細胞それぞれで、体細胞分裂と同様に染色分体が2つに分かれて2番目の分裂(第二減数分裂)が起こり、4個の細胞ができます。精巣の場合、この4個は全て受精能力を持つ精子になりますが、卵巣の場合、1個だけが受精可能な卵子になり、残りの3個は消滅してしまいます。

 せっかく分裂したのに日の目を見ることなく消滅してしまうとは、3個の卵子はちょっと可哀想な気がします。でも数億個も旅立つのに、その中のたった1匹以外は全て死んでしまう哀れな精子に比べれば、まだましといったところでしょうか。(-人-)

                            とものり

1030. ゲノム四方山話−ヒトの多様性 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/02/05(土) 18:22:29
 減数分裂の結果できる精子や卵子は、23個の染色分体の組み合わせによって多種多様なゲノム情報を持つことができます。数学をメシのタネにしている僕としては、その組み合わせの数くらい計算して見せないと格好がつかないでしょう。v(^^;)

 話を簡単にするために、染色体の組み換えがないと仮定して計算してみましょう。まず第一減数分裂によって23種類の相同染色体が2つの細胞に分かれる時、父親由来の染色体と母親由来の染色体がランダムに分かれます。この時、23種類の染色体についてそれぞれ2通りの選択肢がありますから、その組み合わせの数は2の23乗通りあることになります。

  23種類の染色体の組み合わせ数=223=8×1024×1024=8M(メガ)=約800万通り(23ビットの情報量)

この組み合わせ数は精子も卵子も同じですから、両者が受精すると8M×8M種類の受精卵ができることになります。

  受精卵の種類=8M×8M=246=64T(テラ)=約64兆種類(46ビットの情報量)

 このように1組の両親から生まれる子供は、64T(約64兆)通りの個性を持つ可能性があることになります。現在のヒトの個体数は約70億人ですから、その全員が別の個性を持つのに十分な多様性を持っているわけです。

 現在、インターネットで使用されているIPv4のIPアドレスは32ビットのアドレス空間を持つ、つまり4G(約4億)個のアドレスを識別することができます。インターネットができた当初はこれで十分なアドレス空間だと思われていましたが、インターネットの急速な普及によって、最近、IPアドレスがほとんど枯渇してしまいました。

 その先見性のなさに比べると、ヒトのゲノム空間を46ビットで構成した自然界の先見性は大したものです。

 しかし自然はこの戦略だけではまだ足らないと思ったのか、減数分裂時に染色体の組み換えをすることにより、64T通り以上のゲノムの組み合わせができるようにしました。組み換えの起こる場所はランダムですから、この巧妙な戦略によってゲノム空間は、事実上、ほぼ無限大になります。

 つまりセントラルドグマというかなり限定されたプロトコールに従い、遺伝子の突然変異がないとしても、ヒトの多様性つまりヒトの個性はほぼ無限であるということになります。

 「世の中には自分と同じ顔をした人間が三人いる」という伝説がありますが、確率論的には、残念ながらその可能性は非常に低いと言わなければならないでしょう。(^^;)

                            とものり

1031. ゲノム四方山話−鶏と卵 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/02/08(火) 18:05:31
 どちらが先かわからないことの例えとして、「鶏が先か、卵が先か?」ということがよく言われます。しかしこの例えは、生物学的にはあまり良い例えとはいえません。

 鳥は有性生殖するため、精子と卵子が受精して新しい個体が生まれます。そして「鶏」という新しい鳥ができた時は、鶏ではない種類の雄鳥と、鶏ではない別の種類の雌鳥が生殖して卵を産み、それが鶏になったか、あるいは鶏ではない鳥の精子か卵子の遺伝子が突然変異をし、それが受精してできた卵が鶏になったかのはずです。

 実際、人間による人為的な品種改良では、別種の鳥をかけ合わせたり、偶然生まれた突然変異種を選択したりして、これまでに新しい品種の鶏を沢山作ってきました。その時、最初にできるのは必ず新しい品種の卵です。

 放射能などによって遺伝子が突然変異をし、生物の成体がいきなり新しい生物に変貌するということは、恐怖映画などではよくありますが(^^;)、実際の生物では起こりません。生殖細胞で起きた突然変異が精子や卵子に引き継がれ、それが受精して新しい種類の生物が生まれるのです。

 ただ言葉の定義として、そうして生まれた卵のことを「鶏の卵」とは呼ばず、「○○鳥と××鳥をかけ合わせた卵」と呼び、卵から孵った雛を「鶏」と呼んだとしたら、言葉としては「鶏」が先にできた、という屁理屈をこねることもできます。(^^;)

 しかし僕としては、どちらか先かわからないことの例えとしては、鶏と卵よりも、「ターミネーターに命を狙われるサラ・コナーの息子が先か、それともその息子の命令でサラ・コナーの護衛役になり、やがて息子の父親になるカイル・リースが先か?」という例えの方が、より映画的で好きです。(^_-)

                            とものり

1032. ゲノム四方山話−遺伝子座 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/02/10(木) 19:28:59
 以前は染色体をギムザ染色液で染めていましたが、最近は分染法という新しい染色法で染色するようになりました。この染色法では染色体を濃淡の横縞模様に染めることができるため、下図のように23組の染色体を識別しやすくなりました。

 この縞模様(バンド)には世界共通の名前が付けられていて、それによって遺伝子がある場所——これを遺伝子座と呼びます——を表します。例えば9番染色体は下図のような縞模様になっていて、その中の「9q34」という場所にABO式血液型の遺伝子があると言われています。

 この「9q34」の最初の「9」は染色体の番号であり、次の「q」は長腕を表し(短腕は「p」で表す)、次の「3」は長腕を濃いバンドで3つの領域に分けた時の3番目の領域を表し、最後の「4」は3番目の領域の中の4番目のバンドを表します。


 染色体には2つの染色分体がありますが、これらは全く同じDNAを持つコピー同士なので、縞模様も全く同じになります。そのため遺伝子の話をする時は、上図のように染色分体を単位にして考えるのが普通です。

 染色分体の中には1.4cm〜7.5cmほどの長さのDNAが折り畳まれて入っていて、46個の染色分体の中のDNAを全てつなぎ合わせると2mほどの長さになります。つまりヒトのゲノムは、2mほどの長さのDNAで構成されているわけです。

 そしてヒトには約60兆個の細胞があるので、ひとりのヒトのDNAを全てつなぎ合わせると約1200億kmにもなります。太陽系の直径が約100億kmといわれているので、驚くべきことにその12倍もの長さがあることになります。w('o')w

 さらにヒトは現在約70億人いるので、全人類のDNAを全てつなぎ合わせれば宇宙の果てまで到達できそうです。このため分子生物学的には、「Hand in Handで世界平和を!」よりも「DNA in DNAで宇宙征服を!(^o^)/」といったところでしょう。(^^;)

                            とものり

1033. ゲノム四方山話−コドン 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/02/13(日) 17:59:08
 1027番の書き込みの図のように、DNAの1本はリン酸とデオキシリボースという糖が交互に並び、そこにアデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)という4種類の塩基がずらりとくっついた構造をしています。そしてアデニンとチミン、グアニンとシトシンが水素結合して塩基対を形成し、それによって2重らせんを構成しています。

 そしてよく知られているように、4種類の塩基の中の3種類の塩基を組み合わせたものが1つの単位になり、蛋白質を構成する20種類のアミノ酸に対応しています。この3つ1組の塩基のことをコドンといい、アミノ酸に対応するものだけでなく、蛋白質の合成開始を表す開始コドンや、合成終了を表す終了コドンもあります。

 興味深いことに、これらのコドンの意味はほぼ全ての生物で共通しています。つまり全ての生物のゲノム(遺伝情報)は、A、G、C、Tという4種類の文字の中の3文字を組み合わせた単語を使って書かれていて、その単語の種類と意味がほぼ全ての生物で共通しているということです。

 ちなみにヒトのゲノムは2mほどの長さのDNAで構成されていて、全部で30億個ほどの塩基対があります。つまりヒトの遺伝情報は4種類の文字を約30億文字使い、単純計算すれば約10億単語で書かれていることになります。

 人間の言語や文字のシステムは、非常に複雑で互換性がありません。その欠点をできるだけなくすように工夫されたコンピュータ言語や数学言語でさえ、かなり複雑で完全に互換性があるわけではありません。それに比べると、このゲノムシステムの単純さとほぼ完璧な互換性には驚かされます。w('o')w

 そして数学的に見ると、このシステムにはある程度の必然性があります。例えば塩基の種類が3種類しかないとすると、理論的には3×3×3=27通りのコドンができます。この場合、20種類のアミノ酸と対応するには十分ですが、開始コドンや終了コドンといったアミノ酸以外のコドンまで対応するには少々心もとない数であり、もう少し余裕が欲しいところです。

 また4種類の塩基を4個組み合わせてコドンを構成すると、4×4×4×4=256通りのコドンができます。これは必要以上に多い数であり、これではシステムを無駄に複雑にし、エラーが起こる可能性を増やすだけです。

 それに対して4種類の塩基の中の3種類でコドンを構成すると、4×4×4=64通りのコドンができます。これならば20種類のアミノ酸に対応し、しかもアミノ酸以外のコドンまで対応できるだけの余裕が十分にあります。これはシステムの単純さと、それによって表現できる情報の多様さのバランスをうまくとった、絶妙なシステムであると言えるでしょう。

 人間の言語もこれくらい単純で互換性が高いのなら、世界中の人々の相互理解が進んでもっと平和になるだろうし、僕も英会話や英語論文の解読で苦労することはないのに……と残念でなりません。(^^;)

                            とものり

1034. ゲノム四方山話−遺伝子の数 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/02/15(火) 18:05:15
 ヒトのDNAには約30億個ほどの塩基対があるということは、遺伝子の数も相当多いだろうと思うでしょう。ところが不思議なことにヒトの遺伝子は約3万個しかなく、約30億個の塩基対の中の3億個程度しか使っていないことがわかっています。

 つまり約30億文字で書かれた遺伝情報のうち、意味がわかるちゃんとした文章は約3万個しかなく、それは全体の10%程度であり、残りの90%は今のところ意味がわからない「ジャンク情報」というわけです。そして現在わかっている限りでは、この事情はヒトだけでなく他の生物でも同じようなものらしいのです。w(?o?)w

 これは宇宙の物質エネルギーの中で、目に見える物質が占めている割合はわずか5%程度であり、残りの95%は今のところ正体不明の暗黒物質(ダークマター)と暗黒エネルギー(ダークエネルギー)であることに何となく似ています。

 このゲノムのジャンク情報と宇宙の暗黒物質の存在は、自然が壮大な無駄をしているというよりも、自然について我々人類が解明した部分は、まだまだその程度のわずかな割合でしかないということを反映しているような気がします。

 それにしても、約60兆個もの細胞からできているヒトの遺伝子が約3万個しかないというのは不思議な気がします。ゲノムは遺伝子という要素で書かれた生物の設計図だとよくいわれますが、たった3万個の要素で60兆個もの細胞からなる生物の設計図を描けるとはとても思えません。

 そこでゲノムは生物の設計図というよりも、生物を作る時の勘所だけをメモした覚書のようなものではないかと、僕は思うようになりました。

 つまり生物はゲノムがなくてもある程度は組み立てられるものの、それではいつも同じものができるとは限らない、そこで規格どおりに作るための勘所——そこさえしっかり押さえておけば、後は自動的に組み立てられるという部分——を遺伝子としてメモした覚書がゲノムではないかと思うのです。

 そのように考えると、遺伝子が突然変異した場合、無茶苦茶な生物ができるわけではない理由がわかります。

 もしゲノムがきちんとした設計図ならば、その一部をランダムに書き換えた時、生存可能な生物がまともに組み立てられるとは思えません。しかし単なる覚書ならば、一部をランダムに書き換えてしまっても、組み立て現場(^^;)が適当に判断して、生存可能な生物を何とか組み立てることも可能でしょう。

 もちろん、そうして組み立てられた生物は規格ハズレにはなるでしょうが、規格ハズレ品が世の中を変革することは、どこの世界でもよくあることです。(^_-)

                            とものり

1035. ゲノム四方山話−遺伝子の構造 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/02/17(木) 17:28:48
 大昔、僕が分子生物学をかじった頃は、DNAの構造は解明されていましたが、遺伝子そのものの構造はまだ完全には解明されていませんでした。そのため今までは、「遺伝子は単にコドンがいくつも並んだもの」というかなり原始的なイメージを持っていました。

 ところが最近になり、ヒトの遺伝子は下図のような複雑な構造をしていることを知り、自分の分子生物学分野の知識はすっかり時代遅れであることを痛感しました。(~o~)

 上図の一番上の帯がDNAであり、遺伝子がまばらに存在していて、白い部分は今のところ意味不明なジャンク部分です。遺伝子の先頭(左端)には蛋白質合成プロセスを開始させる領域があり、これをエンハンサーといいます。エンハンサーに続く「CCAA」から「TATA BOX」までの領域はDNAがRNAに転写される転写開始部分を表す部分であり、プロモーターと呼ばれます。

 転写開始部分から転写終了部分の間には、エクソンとイントロンと呼ばれる領域が交互に並んでいます。エクソンは実際に蛋白質を合成するためのコドンが並んでいる領域であり、遺伝子の本体です。イントロンは蛋白質を合成するためのものではなく、遺伝情報翻訳時の補助的な働きをする領域ですが、その役目はまだ完全に解明されているわけではないそうです。

 エンハンサーやプロモーターやイントロンの存在は、何となくデータ通信におけるスタートビットやストップビット、そしてパリティビットの存在を連想させます。データ通信では、8ビットで表される1文字の前後に、文字の開始を表すスタートビットと終了を表すストップビットを付加し、さらに文字が正常に送られたかどうかをチェックするためのパリティビットを挿入します。

 遺伝情報はデータ通信以上に正確さが要求されるため、エラーチェック機能やエラー修復機能や情報の重複といった冗長性を沢山備えているはずです。遺伝子のイントロンやDNAのジャンク部分はそういった役割を持っているのではないかと、僕は勝手に憶測しています。

 ただしイントロンはエクソンと同じくらいの領域を占めていますし、ジャンク部分は遺伝子部分の9倍ほどもあるわけですから、遺伝情報の冗長性以上の役割を持っているような気がします。

 それこそ、老子や荘子が説いた「無用の用(一見、無用と思われるものが、実は大きな役割を果たしている)」の分子生物学的な実例なのかもしれません。(^_-)

                            とものり

1036. ゲノム四方山話−RNA 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/02/19(土) 11:40:17
 DNAの遺伝子部分の暗号つまり塩基配列がmRNA(メッセンジャーRNA、伝令RNA)に転写され、それが核から出てリボゾームに移動し、そこにtRNA(トランスファーRNA、運搬RNA)がアミノ酸を運んできて蛋白質を合成するということは、大昔かじった分子生物学でも説明されていました。

 そして、このように遺伝情報がDNA→RNA→蛋白質と伝えられることを「ドグラ・マグラ」と呼び、記憶喪失中の精神病患者が語る狂気に満ちた幻想的な物語になる……というわけではなく(^^;)、「セントラル・ドグマ」と呼ぶことも知っていました。





 ところがやはり最近になり、遺伝子部分の塩基配列がmRNAに転写される時、まず最初にエクソンとイントロンがそのまま転写されて未成熟mRNA(pre-mRNA)が合成され、次にその中からイントロン部分が切り取られて成熟mRNAができることを知りました。w('o')w

 この未成熟mRNAからイントロンを切り取る過程をスプライシングと呼び、未成熟mRNAが成熟mRNAになる過程全体のことをプロセッシングと呼ぶそうです。

 急速に進歩している分野では次から次へと新しい用語が登場するため、オリジナルの用語を和訳した用語がひとつに確定しないうちに、オリジナルの用語をとりあえずカタカナで表したカタカナ語がデファクトスタンダードとして定着してしまいがちです。

 ゲノム分野とコンピュータ分野は、そういった面でもよく似ています。(^_-)

                            とものり

1037. ゲノム四方山話−核酸 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/02/22(火) 09:38:17
 1036番の書き込みの図にある、pre-mRNAの左端の「5'UTR」と右端の「3'UTR」は非翻訳領域(untranslated region)であり、遺伝情報を保護する蓋のようなものです。「5'」と「3'」というのは核酸(DNAとRNA)の構成成分であるリボース(五炭糖)の炭素原子の位置のことで、酸素原子から時計回りに数えて3番目の炭素原子の位置を3'位といい、4番目の炭素原子に結合したもうひとつの炭素原子の位置を5'位といいます。

 リボースの1'位に塩基が結合した化合物をヌクレオシドといい、ヌクレオシドの5'位にリン酸がエステル結合した化合物をヌクレオチドといいます。そしてヌクレオチドのリン酸が隣のヌクレオチドの3'位に結合し、それが鎖状に長く連結してポリヌクレオチドになったものが核酸つまりDNAやRNAです。

 このためDNAやRNAの左右の端は、リボースの5'位または3'位に別のヌクレオチドが結合していないことになります。これを「5'端」または「3'端」と呼び、5'端側を上流、3'端側を下流と呼んでDNAやRNAの向きを決めています。

 DNAやRNAの向きを上流(upstream)、下流(downstream)と呼んでいるのは、塩基配列を上流から下流に向かって解読すると正しい遺伝情報になるからです。これはデータ通信において、ビット流(bit stream)を流れのまま読むと正しいデータになり、反対から読んでも正しいデータにはならないことに似ています。

 BIT STREAMといえば、
遠い地平線が消えて 深々とした夜の闇に心を休める時

遥か雲海の上を音もなく流れ去る気流は 限りない宇宙の営みを告げています。

満天の星をいただく果てしない光の海を 豊かに流れ行く風に心を開けば

煌く星座の物語も聞こえてくる 夜の静寂(しじま)の何と饒舌なことでしょうか。

光と影の境に消えていった 遥かな地平線も瞼に浮かんでまいります。

日本航空があなたにお送りする音楽の定期便 ジェットストリーム。

皆様の夜間飛行のお供を致しますパイロットは 私 城達也です

という印象的なナレーションで始まるFMラジオの名番組「JET STREAM」を、往年の深夜放送ファンは懐かしく思い出すことでしょう。僕も青春時代にこの番組を聴いて、海外旅行に憧れたものでした。

 名ナレーター・城達也氏はこの番組のパイロット役を25年間続け、それを辞した2ヵ月後に鬼籍に入りました。そして現在では日本航空も鬼籍に入りかかっていますが(^^;)、この番組はパイロット役とスポンサーを変えて現在でも続いています。しかし若かりし頃に聞いた城達也氏のナレーションの印象が強すぎるせいか、氏がパイロット役ではないこの番組を聴いてもいまひとつしっくりきません。(~.~)


夜間飛行の ジェット機の翼に点滅するランプは

遠ざかるにつれ 次第に星の瞬きと区別がつかなくなります。

お送りしておりますこの音楽が 美しくあなたの夢に溶け込んでいきますように……。

ではまた 午前零時にお会いしましょう。

おやすみなさい

                            とものり

1040. ゲノム四方山話−レトロウイルス 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/03/02(水) 11:01:24
 セントラル・ドグマではDNAが遺伝情報の主役であり、蛋白質が生命活動の主役、そしてRNAはDNAと蛋白質の間を取り持つ脇役という位置づけです。

 ところが1980年代に、RNAの中に触媒作用を持つものが発見され、リボザイム(ribozyme、RNAとEnzymeから作った造語)と名付けられました。リボザイムは触媒作用によって自分自身を切り貼りする能力——自己スプライシング機能——を持っていて、DNAから転写した遺伝情報を勝手に編集し、多様な蛋白質を作ることができます。

 またヒト免疫不全ウイルス(HIV、エイズウイルス)のようなレトロウイルス類は、RNAを鋳型にしてDNAを合成する逆転写酵素を持っていて、自身のRNAからDNAを合成し、それを宿主細胞のDNAに組み込むことができます。そして宿主細胞に組み込まれたDNAはプロウイルスと呼ばれる状態になり、ウイルスをどんどん複製することになります。

 実は、ヒトのDNAの中には大昔に感染したウイルスの遺伝子と思われるものがあり、「ウイルス化石」と呼ばれています。そしてヒトに限らず多くの生物は、感染したウイルスの遺伝子をゲノムに組み込むことでゲノムの多様性を広げ、ウイルスと相互に関連し合って進化してきたと考えられています。

 ミトコンドリアは、大昔に細胞内で共生するようになった真正細菌と考えられていますが、ウイルス化石は、いわば大昔にDNA内で共生するようになったウイルスといえるかもしれません。

 そして大昔にヒトの脳内で共生するようになったアミガサダケのお陰で、ヒトは高度な知能を持つようになった……というストーリーの傑作SF小説が、ブライアン・W・オールディスの「地球の長い午後」です。

 「パラサイト・イブ」といい、「地球の長い午後」といい、生物の寄生や共生という現象はSFのセンス・オブ・ワンダー心を刺激するようです。(^_-)

                            とものり

1041. ゲノム四方山話−RNAワールド 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/03/04(金) 16:47:24
 リボザイムとレトロウイルスでは脇役のはずのRNAがDNAや蛋白質を司っていて、これはセントラル・ドグマに反した存在です。

 さらに分子生物学の進歩により、遺伝におけるRNAの役割は非常に多彩であり、脇役というよりも主役級のものであることがわかってきました。それに比べると、DNAの方がむしろ脇役的な役割しか果たしていないような感じすらします。

 これらの事実から、セントラル・ドグマは絶対的なものではなく、部分的に修正した色々なドグマを検討する必要があると考えられるようになりました。

 そしてその考えを推し進めたものとして、「初期の生命はRNAを基礎としており、後にRNAよりも安定性が高いDNAを遺伝情報の記憶物質として利用するようになった」という”RNAワールド仮説”が提唱されています。

 アクが強くて存在感のある脇役が主役を食ってしまうことはよくあることで、イヤミやチビ太を始めとする赤塚不二夫の多くのキャラがそうですし、フランス映画「さらば友よ」で主役のアラン・ドロンを食ってしまい、後に「う〜ん、マンダム!」と言って”男の世界”を築いたチャールズ・ブロンソンなどは、まさにRNAを連想させる存在です。(^^;)

 彼はリトアニア(杉原千畝の”命のビザ”で有名な北欧の国)系アメリカ人で、最初は本名のチャールズ・デニス・ブチンスキー(Charles Dennis Buchinsky)をそのまま芸名にしていましたが、赤狩り旋風でハリウッドが狂乱していた時に、パラマウント・スタジオのシンボル的存在である「ブロンソン・ゲート」にちなんでチャールズ・ブロンソンに改名したそうです。

 以前、仕事でロサンゼルスに行き、ブロンソン・ゲートの近くを通った時、そんなエピソードを思い出してちょっと感慨深かったりしました。(^_-)

                            とものり

1042. ゲノム四方山話−プロテインワールド 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/03/07(月) 11:41:58
 RNAワールド仮説に対して、「初期の生命は蛋白質を基礎としており、後に蛋白質が持つ情報がRNAとDNAに伝えられた」という”プロテインワールド仮説”も提唱されています。

 分子生物学が発展する前は、1922年にオパーリンが提唱した”化学進化説”が有力でした。この説は「無機物からアミノ酸等の有機物が作られ、それが重合して蛋白質等の高分子有機物が作られ、それが高分子集合体であるアメーバー状のコアセルベートになり、コアセルベートが有機物を取り込んで代謝するようになり、それが生命になった」という説です。

 プロテインワールド仮説は、この化学進化説を分子生物学的に再構成したような説と言えるでしょう。

 しかし現在は、どちらかと言えばRNAワールド仮説の方が主流です。遺伝子の正体が不明だった時代には、遺伝子はある種の蛋白質であるという説が有力であり、DNAやRNAのような単純な構造の物質が遺伝子であるはずがないと思われていました。しかしDNAとRNAが遺伝情報の担い手であることが判明し、単純な構造の物質が非常に複雑な情報を処理し、しかも自己複製能力を持つことがわかると、今度は生命そのものの起源もDNAやRNAにあるのではないかと考えられるようになったのです。

 仕事でお付き合いしていたゲノム研究者のひとりがRNAワールド仮説の熱心な支持者で、RNAワールド仮説の正当性を僕に力説してくれました。お陰で、どちらかと言えばプロテインワールド仮説の方を有力視していた僕は、RNAワールド仮説も有力視するようになり、現在はどちらの仮説に対しても半信者の状態です。(^^;)

 手塚治虫の名作「火の鳥・未来編」では、この作品を発表した時に有力だった化学進化説に基づいてストーリーが展開していき、「火の鳥・黎明編」では、やはり発表当時に話題だった江上波夫の”騎馬民族征服王朝説”に基づいてストーリーが展開していきます。

 しかし現在ではどちらの説もすでに過去の説となリ、それを修正した新しい説が主流になっています。もし手塚先生が現在でも生きておられたら、作品を単行本にするたびに、その時の社会情勢に合わせて内容を手直しされる手塚先生のことですから、どちらの作品も現在主流の説に基づいて内容を手直しされることでしょう。(^_-)

                            とものり