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1154. 統計学的相談は可能でしようか 投稿者:おそるおそる 投稿日:2011/08/14(日) 07:23:19
はじめまして.
東北在住で,教育研究職ではないのですが,研究論文を作成中の者です.
領域は医療・福祉で,統計学の基礎的な理解は危ういと認識しています.多項ロジスティック回帰分析の定数項のp値の解釈でご相談したいのですが,この掲示板の趣旨から問題ないでしょうか.

1153. 世界コスプレサミット 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/08/09(火) 09:24:45
 オアシス21で、恒例の世界コスプレサミットをやっていたので観てきました。(^o^)/
 去年があまりにも暑かったせいか、今年は夕方から開始して夜までやってました。いつもは前日に大須で行われるパレードも観に行くのですが、今年は前日に「木偶師二代目・萬屋仁兵衛の世界」に行ったので本番だけ観に行きました。
 世界で評価されている日本文化の大半——例えば歌舞伎、能、茶道、浮世絵等——は江戸時代に完成されたものであり、明治時代以後ではわずかにマンガとアニメがあるだけです。
 そのマンガとアニメは、実はデフォルメと線の省略が特徴である浮世絵と、万物に霊魂が宿ると考えるアニミズム(これがアニメーションの語源でもある)的思考と見立てが特徴である人形浄瑠璃やからくり人形の文化をベースにしたものであり、豊かな精神性と遊び心にあふれた日本文化の正当な継承者と言えるでしょう……などという小難しい理屈はさておき、外国人がやるコスプレは、やっぱりコスプレではなく本物にしか見えないなぁ〜!(^^;)

1152. 木偶師二代目・萬屋仁兵衛の世界 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/08/07(日) 12:59:56
 長久手町にある名都美術館で「木偶師(でくし)二代目 萬屋仁兵衛の世界」をやっていたので観てきました。からくり人形の歴史や由来を二代目萬屋仁兵衛本人の口から説明してもらい、非常に面白くて楽しい展示会でした。(^o^)/

  木偶師二代目・萬屋仁兵衛の世界…http://www.owarino.jp/sub/event/yorozu_11.htm

 恥ずかしながら、有名な「からくり儀右衛門(江戸末期から明治初期に活躍した発明家で、東芝の創業者)」のような「からくり人形の発明家」と、からくり人形そのものを作る「木偶師(でくし)」は別の職業だということを、この展示会で初めて知りました。またお祭りに出る山車(だし)は地方によって呼び名が異なり、飛騨高山では屋台(やたい)、京都では鉾(ほこ)とか山鉾(やまほこ)、関西地方では地車(だんじり)などと呼ぶということも初めて知りました。
 毎年6月に、近所の筒井町で天王祭が行われ、そのお祭りにからくり人形を載せた山車が出るので観に行っています。その筒井町のからくり人形を修復したのも二代目萬屋仁兵衛さんで、彼は名古屋の東区の出身だそうです。
 名古屋のお祭りはからくり人形を載せた山車が出るのが特徴で、第二次世界大戦で焼ける前は、からくり人形を載せた山車を日本で一番多く所有していたそうです。もし戦争でそれらが焼けなければ、名古屋はお城とからくり人形を載せた山車が出るお祭りで有名な都市になっていただろうとのことです。
 こういった技術的にも芸術的にも優れていて、しかも遊心あふれるからくり人形や山車が作られ、それを使ったお祭りが盛んに行われたのは江戸時代であり、あらためて江戸時代の文化水準の高さと精神的な豊かさに感心してしまいました。
 このような日本独自の文化を卑下して打ち壊し、欧米の植民地支配主義を見習って軍事国家を目指した明治時代や、欧米のカネと力崇拝主義を見習って、精神文化や人間性を切り捨てて経済最優先の合理化を強引に推し進めた高度成長時代の日本は、江戸時代に比べて経済的には非常に豊かになったものの、遊心や精神的な余裕を失い、精神的にも文化的にも非常に貧しい生活に明け暮れていたように思います。
 そういうことを考えると、豊かで文化的な生活というものはカネと力崇拝主義とは相容れないものであることを痛感します。

 ともあれ、からくり人形や、お祭りや、江戸時代の文化に興味がある人にはお勧めの展示会です。v(^_-)

1151. 「立喰師列伝」 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/08/04(木) 11:41:52
・「立喰師列伝」押井守監督、2006年、日本
 コアな押井守ファンにはたまらない、”押井節”全開の作品です。とにかく押井守がただひたすら自分の趣味のために作った作品であり、押井守ファンの僕は最初から最後まで笑いっぱなしの感心しっぱなしでした。(^O^)
 本作はスチール写真の連続で動きを作り出す”スーパー・ライブメーション”と銘打った手法を用いていますが、要するに写真とCG技術を用いた紙芝居です。(^^;) 往年のフランス映画「ラ・ジュテ」(クリス・マルケル監督、1962年)も同じ技法を用いていますが、この作品がシリアスな内容を大真面目に作っているのに対して、本作は紙芝居にふさわしい荒唐無稽な内容を徹底的にふざけて——とはいうものの、ふざけている時ほどついつい真面目な本音が出てしまうところも、いかにも押井守です(^_-)——作っています。
 とにかくこれだけナンセンスな内容を、これだけもっもとらしく見せてしまう押井守の卓越した演出力には脱帽です。名ナレーターに対する褒め言葉として、「レストランのメニューを読んでも人を感動させてしまう」というものがありますが、本作は天才的な演出家・押井守が、屋台の定食屋・押井食堂のメニューを、まるで奥深い内容を持った社会派のドキュメンタリーのように読んで聞かせた作品と言えるかもしれません。
 本作を観て、笑って感心するか、呆れて見放すかで、コアな押井守ファンかどうかがわかります。押井守の”代表作”というと語弊があるでしょうが、「最も押井守らしい作品」であることは間違いないでしょう。(^_-)

1150. ゲノム四方山話−放射線と癌・その2 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/07/31(日) 13:18:43
 放射線は高いエネルギーを持つ素粒子または光子の流れのため、原子から電子をはじき飛ばしてイオン化する作用つまり電離作用を持っています。このため放射線を浴びると電離作用によって細胞中のDNAの一部が傷つき、遺伝子が変異することがあります。しかしDNAは二重螺旋構造によってゲノム情報を重複して持っているため、DNAの一部が傷ついても癌抑制遺伝子の働きでそれを修復することができます。また修復しきれない時は、やはり癌抑制遺伝子の働きで細胞がアポトーシスを起こし、傷ついたDNAを取り除くことができます。
 ところが癌抑制遺伝子が突然変異などで不活性化している場合はその機能が働かず、遺伝子が変異した細胞がそのまま増殖し続けます。また癌遺伝子が突然変異して異常に活性化している場合も、細胞が増殖し続けます。そしてこういった癌抑制遺伝子や癌遺伝子の変異もまた、放射線によって引き起こされることがあります。

 このような遺伝子の変異が積もり積もったあげく、細胞の異常増殖が抑えきれなくなって発癌するという説が多段階発癌仮説です。発癌率は加齢によって指数関数的に増加しますが、多段階発癌仮説に従えば、その理由は年を取るほど遺伝子の変異が積み重なる確率が指数関数的に増加するからだということになります。
 多段階発癌仮説のように、いくつかの条件が積み重なった時に発病するというモデルを「並列モデル」といい、このモデルによる発病率の時間的変化はガンマ分布という特殊な関数で表すことができます。この関数は「放射線による発がん・解説6 図4.3 被爆後のがん発生過程(模式図)」のグラフとよく似ていて、多段階発癌仮説の妥当性を表しているような気がします。(→当館の「統計学入門 11.6 パラメトリック生命表解析」参照)

 DNAを傷つけるものとしては、放射線以外にも紫外線や化学物質といった外因性の因子や、活性酸素や代謝産物といった体内に存在する内因性の因子があります。こういった障害因子の種類や量は環境や生活習慣によって左右されるため、癌の発生は環境や生活習慣によって左右されることになります。また遺伝的に癌遺伝子や癌抑制遺伝子が突然変異していることもあるため、癌は遺伝的素因と環境因子が複雑にからみ合って発症する活習慣病の一種ということになります。

1149. ゲノム四方山話−放射線と癌・その1 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/07/30(土) 14:10:33
 雑学コーナーに展示した「放射線による発がん——データ解析屋的解説」で説明したように、放射線には発癌作用があります。これにはゲノムが関係しているので、放射線による発癌メカニズムについて少し説明することにしましょう。
 発癌メカニズムの説明には、自動車のアクセルとブレーキの例がよく使われます。生物の細胞は常に細胞分裂によって増殖していますが、通常、そのスピードはアクセルとブレーキによってコントロールされています。しかし何らかの原因でアクセルを踏みすぎたり、ブレーキが利かなくなったりすると、細胞が異常に増殖して癌になります。
 そのアクセルの役目をするものが癌遺伝子であり、これは細胞分裂を起こさせて増殖を促進する機能を持っています。それに対してブレーキの役目をするものが癌抑制遺伝子であり、これは細胞分裂を停止したり、アポトーシス(細胞の自殺)を起こしたりして、増殖を抑制する機能を持っています。
 例えば癌遺伝子としては「erbB-2」と名付けられた遺伝子が有名であり、癌抑制遺伝子としては「p53」と名付けられた遺伝子が有名です。これらの遺伝子と発癌の関係は色々と研究されていて、僕も実際にそういった研究のお手伝いをしたことがあります。

 原理的には、癌遺伝子や癌抑制遺伝子が突然変異して正常に働かなくなると癌が発生します。しかし癌遺伝子や癌抑制遺伝子には多くの種類があり、しかもそれらが複雑に組み合わさって細胞増殖のスピードをコントロールしています。このためひとつやふたつの遺伝子が変異しただけでは癌は発生せず、多くの遺伝子変異が積み重なった結果、最終的に癌が発生するという「多段階発癌仮説」が現在は有力視されています。

1148. 「青空どろぼう」 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/07/26(火) 23:51:02
・「青空どろぼう」阿武野勝彦監督、2011年、日本
 「平成ジレンマ」で一部のコアな映画ファンに強烈な印象を与えた、阿武野勝彦監督の最新ドキュメンタリー映画です。戸塚ヨットスクールの現在を圧倒的な迫力で描いた「平成ジレンマ」と違い、四日市喘息という公害の歴史を淡々と描写することによって、観客に深くて重い思考を促す作品になっています。
 この作品は福島の原発事故の前に完成していましたが、期せずして、福島の原発事故について深く考えさせられる内容になっています。これは、責任の所在を曖昧にするために「公害」という言葉を作り出した経済最優先の社会構造が、昔も今も全く変わっていないからであり、大都市の経済的繁栄が、その周辺の町の住民の犠牲の上にアグラをかいたものであることを再認識させられます。

 この作品の主人公の一人である澤井余志郎氏は、四日市喘息の患者達を支援する活動を40年にわたって無償で続けてきた人であり、「何よりも事実は強い」という信念に基づいて、事実を記録してそれを人に伝えるという活動を現在も継続している”公害記録人”です。この人の信念と活動内容、そしてその成果を見ていると、ジャーナリズムとマス・メディアあるいはマスコミは全く別物だということがよくわかります。
 またもう一人の主人公である野田之一氏は公害裁判の原告の一人であり、38年前、公害裁判で勝訴した時に、支援者に対して「まだ、ありがとうとは言えない。この町に本当の青空が戻った時、お礼を言います」という強烈なメッセージを残した、元漁師の喘息患者です。この人は公害裁判を企業対患者、権力対個人というステレオタイプな対立構図に落とし込まず、次のようにもっと大きなものとして捉えています。


「日本が敗戦の混乱から高度経済成長に向けて突っ走り、強引に近道をしようとしたために無理が生じた。その無理が産み出したものが公害なのだ。コンビナートで働く人達も、みんな日本のために良かれと思って必死に働いてきたのだから、コンビナートやそこで働く人達を憎いと思ったことはない。
ただ無理が何をもたらすかを知ってもらい、一度立ち止まって、それについてみんなで考えてもらうために我々は公害裁判を起こした。
コンビナートで働く人達がワルモノで、我々患者がイイモノというわけでは決してないのだ。


 「エコロジー」や「ボランティア」という外来語よりも、「もったいない」や「お互い様、おかげ様」という日本語の方がしっくりくるのと同様に、「デモクラシー」や「市民活動」という外国の概念よりも、このように「お互い様」という考えに基づいた懐の広い活動こそが日本の市民活動のあるべき姿だと思います。
 この野太くておおらかなヒューマニズムに対して、企業の経営者や政府は、「コンビナートを止めると日本経済が大打撃を受け、日本が潰れてしまう。日本の繁栄のためには多少の犠牲はやむを得ない」という、昔も今も変わらない欺瞞に満ちた言い訳で対応しました。
 第2次世界大戦前、政府と軍部は「満州は日本の生命線であり、これを手に入れないと日本が潰れてしまう」と主張して中国に侵略しました。そしてその結果、日本は戦争に敗れましたが、政府と軍部が主張したように日本が潰れることはなく、むしろ第2次世界大戦前よりも繁栄しています。これは、独裁政治をやめて民衆の権利を認め、戦争を放棄して平和に暮らし、財閥による富の独占をやめて民衆に富を公平に分配すれば、国全体が繁栄するという見事な実例です。
 公害についても、企業が公害対策に費用をかけたために企業が潰れ、日本が潰れるということはなく、環境が改善して労働条件も向上したため、長い目で見ればむしろ企業の業績は向上し、当時に比べて暮らしやすく豊かな社会になっています。
 こういった歴史を振り返ると、政府や企業の経営者が「日本のため」と言いながら、その実、自分達の目先の利益しか考えておらず、いかに近視眼的かつ利己的かということがよくわかります。

 誰もが原発問題について否応なく考えざるを得ない今、この映画を多くの人に観てもらいたいと思います。

1147. ゲノム四方山話−遺伝子組み換え 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/07/22(金) 15:55:30
 1973年、スタンフォード大学のスタンリー・コーエンとカリフォルニア大学のハーバード・ボイヤーらが、黄色ブドウ球菌のペニシリン耐性遺伝子と、アメリカツノガエルのリボゾーム遺伝子を、それぞれ別の大腸菌の遺伝子に組み込んで働かせることに成功しました。これが世界初の遺伝子組み換え実験であり、遺伝子の水平伝播を人為的に起こしたものに相当します。
 遺伝子組み換えでは、遺伝子を組み換えられる側の生物を「宿主(ホスト)」と呼び、組み込む側の遺伝子を持つ生物を「DNA供与体」と呼びます。例えばコーエンらの実験では黄色ブドウ球菌とアメリカツノガエルがDNA供与体であり、大腸菌が宿主です。
 遺伝子を宿主に組み込む時、遺伝子を宿主の細胞に運ぶものが必要になります。これを「ベクター(運び屋)」と呼びます。例えばウイルスによる遺伝子の水平伝播では、ウイルスはDNA供与体であると同時にベクターの役目も果たします。
 コーエンらの実験では、ベクターとして大腸菌のプラスミド(核外遺伝子)が使われました。プラスミドは核のDNAとは別に存在する小さなDNAであり、ウイルスのように、ある個体の細胞から別の個体の細胞に乗り移ることができ、遺伝子の水平伝播で重要な役目を果たしています。
 また目的の遺伝子をDNA供与体の染色体から切り出すには、「制限酵素」という特殊な酵素が利用されました。制限酵素とは、外から侵入してきたウイルスなどのDNAを切り刻むために細菌が持っている酵素であり、特定の塩基配列のところでDNAを切ることができます。そしてある種の制限酵素によって切られたDNAは、切り口のところでお互いに接合することができるという性質を持っています。
 この性質を利用すると、ある生物のDNAの一部を切り出し、それを別の生物のDNAに組み込むことができます。そして驚いたことに、別の生物のDNAに組み込まれたDNAは遺伝子として正常に働き、DNA供与体が持っていた機能を宿主に移植することができるのです。
 1034番の「ゲノム四方山話−遺伝子の数」に書いたように、もしゲノムが生物の設計図ならば、こんな継ぎ接ぎの設計図からまともな生物が組み立てられるとはとても思えません。しかし勘所だけをメモした覚書ならば、組み立て現場(^^;)が適当に判断して、まともな生物を何とか組み立てることが可能でしょう。このことからも、ゲノムは生物の設計図というよりも、勘所だけをメモした単なる覚書という説が説得力を持ちます。

 遺伝子組み換え技術はすでに色々な分野で利用されていて、人類はその恩恵を受けています。しかし加工食品のラベルに、「遺伝子組み換え大豆は使用していません」といった注意書きが決まり文句のように書かれていることからわかるように、まだまだ社会的に広く認知されるには至っていません。
 人間による人為的な品種改良が人類の努力の成果として賞賛されて受け入れられるのに対して、遺伝子組み換えによる品種改良は「何となく胡散臭くて危険なもの」として受け入れられないのは少々不公平な気がします。
 しかしこれは原子力や放射線に対する恐怖と同様に、未知のものに対する本能的な恐怖心であり、生物にとっては当然の自己防衛反応です。この本能的な自己防衛反応を克服するには、未知のものに対する正しい知識を持つと同時に、そのものの存在に慣れ、もし最悪の事態が起きてもこの程度の事態にしかならないということを感覚的に知り、頭と心の両面で——つまり理性と感情の両面で——未知のものを理解することが必要です。
 そしてそういった個人的な理解をベースとして社会的な認知度が上がり、集団パニックや風評被害といった事態が起こらないようになって、初めて「未知のもの」が「既知のもの」になります。つまり未知のものを既知のものにするためには、科学的な知識だけでなく、心理学的な知識と経験、社会学的な知識と経験が必要なのです。
 その意味で遺伝子組み換えによる成果が社会的に広く受け入れられるには、まだまだ相当長い時間と多くの試練が必要な気がします。

1146. ブログ「妄想オーディオ」の紹介 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/07/17(日) 19:08:56
 嬉しいことに、当会議室に連載し、雑学コーナーにまとめて展示した「放射線による発がん——データ解析屋的解説」を自分のブログで紹介してくれた人がいます。それは「妄想オーディオ(http://ameblo.jp/mousou-audio/)」というブログの管理人をされている、”まあるさん”です。(^o^)/
 まあるさんは放射線の健康被害に関する情報を探していて、たまたま当館の「放射線による発がん——データ解析屋的解説」を読んでくれたそうです。そして自分のブログで紹介すると同時に、わざわざ僕にメールをくれてそのことを知らせてくれました。
 以前から、まあるさんは放射線の健康被害に関して科学的に正確な情報を発信しようと努力されていて、「放射線による発がん」を読んで放影研の一次資料の存在を知り、その内容をより深く理解するために放射線の健康被害について自分なりに計算し、その結果をブログに書かれています。

 「放射線による発がん——データ解析屋的解説」は内容が少々難しすぎたのか(^^;)、たまに内容の一部を紹介してくれるサイトやブログがあっても、文章の一部だけを取り上げて批評したり、評論したりしてくれるだけで、全体をじっくり読んで内容を理解した上で評論していると思えるものはあまりありませんでした。
 そして内容について僕に直接反論または批評したり、賛同してくれたりする人は——もちろん、当館の常連さんは別として——残念ながらこれまで皆無でした。(~o~)
 当館のコンセプトは「学問的な正確さを多少犠牲にしても、わかりやすさを優先する」というものであり、「放射線による発がん——データ解析屋的解説」は自分ではかなりわかりやすく書いたつもりなので、これは少々失敗だったかなぁ……とがっかりしていたところでした。
 でもこれを書いた僕の意図を正確に理解してくれて、放射線の健康被害について自分なりに理解するためにこの内容を役立ててくれた人が、たとえひとりでもいたと知って大いに勇気づけられました。
 それでこそ、苦労して書いた甲斐があったというものです。(^o^)v

1145. Re[1144]:スコップ団 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/07/12(火) 20:24:59
>山本直樹先生

>>政治家が愚かでも現場ではこんな人たちがいます。
>>涙線の弱い私にはまぶしすぎる人です。日本は捨てたものではない!
 実にカッコイイ若者たちですね!(^o^)/
 「ボランティア」とか「市民活動」というと、とかく頭だけが先走って心がこもらなかったり、地に足が付いておらずにひ弱だったりしがちですが、このスコップ団は名前からしていかにも活動的で逞しいですよね。
 スコップ団のウェブサイトを見て、僕も感動してしまいました。
  スコップ団ウェブサイト…http://schop-dan.com/

>>日本は市民社会が十分発達していて、それは戦の無かった江戸時代からの良い
>>伝統「お互い様、おかげさま」なのだと思いました。
 日本人には、「エコロジー」という外来語よりも「もったいない」という日本語の方がしっくりくるのと同じで、「ボランティア」という外来語よりも、やっぱり「お互い様、おかげ様」という日本語の方がしっくりくるような気がしますよね。
 このことは、スコップ団の次のような言葉にもよく表れていると思います。

>>スコップ団は「ボランティア」という言葉が好きじゃない。
>>友達が困っているのを助けにいくのを、ボランティアって言う?
>>友達じゃないだと?
>>違うんだよ。
>>いつか友達になる可能性があるだろうがよ?

 今回のような大惨事の時こそ、日本人の特性と日本の市民社会の底力、そして政治家の愚劣さが浮き彫りにされますね。

1144. スコップ団 投稿者:山本直樹 [URL] 投稿日:2011/07/12(火) 07:07:10
政治家が愚かでも現場ではこんな人たちがいます。
涙線の弱い私にはまぶしすぎる人です。日本は捨てたものではない!
日本は市民社会が十分発達していて、それは戦の無かった江戸時代からの良い
伝統「お互い様、おかげさま」なのだと思いました。

1143. 「アフガニスタンで考える」 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/07/01(金) 13:14:21
・「アフガニスタンで考える 国際貢献と憲法九条」中村哲著、岩波書店、2006年4月
 ペシャワール会現地代表であり、PMS(ペシャワール会医療サービス)総院長の中村哲先生が、アフガニスタンにおける人道的支援活動の内容と国際貢献に関する考え方を紹介された本です。本書は写真が中心の岩波ブックレットシリーズのひとつで、中村先生の業績と思想を知るには最適の入門書だと思います。
 中村先生は緒方貞子氏と並んで日本が世界に誇るべき人物であり、僕の尊敬する人物の一人です。中村先生と緒方氏の出自と国際貢献に対するアプローチ法は対照的と言っても良いほど異なっていますが、人道的支援活動で国際貢献を行っている点、”熱い心と冷たい頭”を持っている、つまり高い理想を持ちながらも徹底した現場主義者かつリアリストで、人の命を助けるためには自らの危険は顧みず、暴力以外のあらゆる手段を尽くす点——いみじくも、中村先生は「人の命を助けるためなら、私は犯罪以外なら何でもやる!」と言われています——等、非常によく似ています。
 「平和は戦争以上に積極的な力でなければならぬ」という中村先生の言葉は、緒方氏の「世界の平和は、受身で行動しているだけでは得られないのです」という言葉と同様の趣旨であり、二人が理論だけの平和主義者や感情だけの平和主義者ではなく、地に足をつけた実践的かつ積極的な平和主義者であることをよく表しています。

 本書を読むと、アフガニスタンに対するマスコミの報道がいかに情報操作されているかということと、欧米の政治家とそれに追従する日本の政治家が唱える”国際世論”が、いかに欺瞞に満ちた虚構であるかがわかります。
 それと同時に、江戸時代に完成された日本の伝統的な農業土木技術が非常に優れたものであること、カネもモノも少ないにもかかわらず、人々が心豊かに、お互いに助け合って平和に暮らす知恵と技術を当時の日本人が持っていたこと、そしてそれこそが、今の国際社会で日本が国際貢献することのできる重要なものであり、自衛隊の海外派遣に代表されるような欧米式の軍事力による国際貢献が全くの欺瞞であり、いたずらに暴力の連鎖を生むものであることを再確認することができます。
 軍縮を実現し、外国を侵略せず、身の丈に合った経済状態で満足し、精神文化を発展させ、300年近くも平和な時代が続いた日本の江戸時代は、「豊かな生活のためには経済の発展が必須であり、カネさえあれば幸せになれる」とか、「平和の維持には軍事力が必要であり、武力さえあれば自分の身を守れる」という世界中を席巻している迷信に対する立派な反証であり、欧米式のカネと力崇拝主義に対するアンチテーゼになると思います。

1142. ゲノム四方山話−遺伝子の水平伝播 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/06/24(金) 10:11:35
 1040番の書き込み「ゲノム四方山話−レトロウイルス」で少し説明したように、ヒトのDNAの中には大昔に感染したウイルスの遺伝子と思われるウイルス化石が存在します。ただしヒトのような多細胞生物の場合、ウイルス化石がその生物の機能に直接的な影響を及ぼしたことが確実なものはまだ見つかっていないそうです。
 しかし単細胞生物の場合は、他の単細胞生物からDNAの一部がDNAに取り込まれ、それがその生物の機能に直接的な影響を与えたものが見つかっています。例えば、最近、日本の焼肉屋チェーンやドイツで大暴れしている腸管出血性大腸菌(O157等)の毒素生産性DNAは、赤痢菌のDNAから取り込まれたと考えられています。
 このように遺伝子が母細胞から娘細胞に遺伝されるのではなく、個体間や他の生物間でやり取りされることを「遺伝子の水平伝播(Horizontal gene transfer:HGT、またはLateral gene transfer:LGT)」といいます。遺伝子の水平伝播は従来のセントラル・ドグマに反したものであり、かなり興味深い現象です。そしてこれを人為的に行なったものが、他でもない遺伝子操作なのです。

 そこで遺伝子の水平伝播をもっと推し進めて、「進化はウイルスの感染によって起こる一種の伝染病であり、突然変異と自然淘汰による進化論は間違いである」という「ウイルス進化説」を中原英臣氏と佐川峻氏が提唱しています。
 「地球上の最初の生命は宇宙からやってきた」というパンスペルミア仮説と同様に、ウイルス進化説はシロウトの僕が考えても難点がわかるほど矛盾の多いSFチックな仮説であり、専門家の間で認められた学説ではありません。しかしどちらも内容が一般受けするせいか、たまにマスコミで取り上げられたり、SF小説・SF漫画の題材にされたりしています。
 シロウトの気楽さから、僕もこういったトンデモ仮説には野次馬的興味を惹かれてけっこう好きだったりします。しかし多少なりとも自分の専門分野と関係し、実害があるホメオパシー(専門的にはプラセボ効果そのもの)のような疑似科学あるいは似非科学にはけっこう厳しくて、ついついムキになって批判してしまったりします。(^^;)

1141. Re[1140]:日本語入力システム 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/06/19(日) 13:09:17
>通りすがり(^^;;さん

>>あとOS、Officeの選択のポイントとしては、変換効率の高い日本語入力・・というのもあるかも。。。
 確かに、日本語入力システムの効率の良さは作業効率に大きく影響しますね。
 以前は日本語入力システムにかなりこだわりを持ってましたが、最近の日本語入力システムは全体的に効率が良くなったので、今はこだわりを捨て、OSのデフォールトの日本語入力システムを使うようにしてますよ。Linuxの場合、ディストリビューションによってもバージョンによっても日本語入力システムがころころ変わり、しかもバージョンアップが頻繁なので、デフォールトのものをそのまま使うのが結果的には効率がいいんですよ。(^^;)
 Winの場合も、今はMS-IMEをそのまま使ってますね。ただしLinuxではデフォールトのままローマ字変換を使っているのに対して、Winではかな変換を使ってます。これはLinuxではプログラム作成とデータ処理が中心のため、キーボードをローマ字モードで使った方が効率的なのに対して、Winでは文章作成が中心のため、キーボードをかなモードで使った方が効率的だからです。
 おかげでキーボードがローマ字モードでもかなモードでも、ほとんど同じように打てますよ。(^o^)v

1140. Re[1139]:[1138]:[1137]:OOoからLibOに乗り換え 投稿者:通りすがり(^^;; 投稿日:2011/06/17(金) 16:44:27
毎度です。
あぁ、たしかに・・・。98とか一太郎とか、ちょっと前ですもんね(笑
判官贔屓は、とものり師匠らしい(*^^*

あとOS、Officeの選択のポイントとしては、変換効率の高い日本語入力・・というのもあるかも。。。
私は、最近はGoogle日本語入力(Win)一辺倒(=漢字ドンドン忘れていく)ですが。。。

>とものりさん

>>>通りすがり(^^;;さん
>>>>次期MSOfficeはクラウド。
>>>>残念ながら、まだまだ天下が続きそうです。。。
>> コンピュータ業界は変化が早いですから、今はその変化の早さに淡い期待を抱いてますよ。
>> 何しろ(僕の時間感覚で(^^;))ほんのちょっと前までは日電のPC-98シリーズとBASICマシンの天下で、その後はワープロマシンの天下で、その後はMS-DOSと一太郎の天下で……と、天下を取るマシンとソフトがめまぐるしく変わってきましたからねぇ。
>> でもへそ曲がりの僕はどの時代でも少数派のマイナーなマシンとフリーソフトを使ってきたので、もしもLinuxとLibOが天下を取ったら、もっとマイナーなOSとフリーソフトに乗り換えるかもしれませんけどね。(^^;)

1139. Re[1138]:[1137]:OOoからLibOに乗り換え 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/06/16(木) 17:29:52
>通りすがり(^^;;さん
>>次期MSOfficeはクラウド。
>>残念ながら、まだまだ天下が続きそうです。。。
 コンピュータ業界は変化が早いですから、今はその変化の早さに淡い期待を抱いてますよ。
 何しろ(僕の時間感覚で(^^;))ほんのちょっと前までは日電のPC-98シリーズとBASICマシンの天下で、その後はワープロマシンの天下で、その後はMS-DOSと一太郎の天下で……と、天下を取るマシンとソフトがめまぐるしく変わってきましたからねぇ。
 でもへそ曲がりの僕はどの時代でも少数派のマイナーなマシンとフリーソフトを使ってきたので、もしもLinuxとLibOが天下を取ったら、もっとマイナーなOSとフリーソフトに乗り換えるかもしれませんけどね。(^^;)

1138. Re[1137]:OOoからLibOに乗り換え 投稿者:通りすがり(^^;; 投稿日:2011/06/16(木) 13:48:20
毎度です。。
LibreOffice、いいですよね。
MSOfficeと比べても実用レベルでは問題ないのにね。。
ただ、専門学校も大学もMSなんですよね。
その延長で、企業も官公庁も・・・です。。。
次期MSOfficeはクラウド。
残念ながら、まだまだ天下が続きそうです。。。

>とものりさん

>> 最近、オフィススイートをOpen.Office.org(OOo)からLibreOffice(リブレオフィス:LibO)に乗り換えました。(^o^)/
>> 2010年にOOoの開発元であったSun MicrosystemsがOracleに買収され、OOoの開発が色々と難しくなったらしく、OOoプロジェクトの主要メンバーがOracleから離脱してThe Document Foundationという新しいグループを結成し、そこで開発したのがOOoから派生したLibOです。このためOOoはバージョンが3.2で止まり、LibOは3.3から始まりました。
>> Oracleのひも付きであるOOoと違ってLibOは完全なオープンかつフリーソフトですし、会社組織から離脱してフリーランスになった僕としては、どうしてもLibOに肩入れしてしまいます。使い勝手はOOoとほとんど変わらず、これまでOOoで作成したファイルも全て何の問題もなく使用できますし、MS-Officeとの互換性もOOoと同じです。(^_-)
>> 今はMS-Officeがデファクトスタンダードであり、官公庁もMS-Officeを使用しています。しかしこれらを全てLibOかOOoにすれば膨大な経費が節約できる上に、MS嫌いの僕にとっても大いに好都合です。ついでにOSもLinuxにすればもっと経費が節約でき、僕にとってはさらに好都合です。
>> 早くそういう時代になって欲しいもんです。
>>

1137. OOoからLibOに乗り換え 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/06/15(水) 11:44:31
 最近、オフィススイートをOpen.Office.org(OOo)からLibreOffice(リブレオフィス:LibO)に乗り換えました。(^o^)/
 2010年にOOoの開発元であったSun MicrosystemsがOracleに買収され、OOoの開発が色々と難しくなったらしく、OOoプロジェクトの主要メンバーがOracleから離脱してThe Document Foundationという新しいグループを結成し、そこで開発したのがOOoから派生したLibOです。このためOOoはバージョンが3.2で止まり、LibOは3.3から始まりました。
 Oracleのひも付きであるOOoと違ってLibOは完全なオープンかつフリーソフトですし、会社組織から離脱してフリーランスになった僕としては、どうしてもLibOに肩入れしてしまいます。使い勝手はOOoとほとんど変わらず、これまでOOoで作成したファイルも全て何の問題もなく使用できますし、MS-Officeとの互換性もOOoと同じです。(^_-)
 今はMS-Officeがデファクトスタンダードであり、官公庁もMS-Officeを使用しています。しかしこれらを全てLibOかOOoにすれば膨大な経費が節約できる上に、MS嫌いの僕にとっても大いに好都合です。ついでにOSもLinuxにすればもっと経費が節約でき、僕にとってはさらに好都合です。
 早くそういう時代になって欲しいもんです。

1136. 義父の四十九日 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/06/12(日) 20:11:00
 昨日(6月11日)、カミさんの父親の四十九日の法要がありました。1119番の書き込みに書いたように義父は家族葬だったので、四十九日の法要も家族だけの簡単で気楽なものでした。
 法要が終わった後でご住職と世間話をしていたところ、次のような印象的な話をしてくれました。
 「昔は一人暮らしの老人が家でポックリ死んだりすると、老人仲間達から『誰にも看取られずに死ぬなんて可哀想に…』と同情されたものだが、今は『誰にも迷惑をかけず、長患いもせずにポックリ逝くとは羨ましい…』と羨ましがられることが多い。世の中はどんどん変わって行くものだ」
 日本が超高齢化社会になって老人の介護問題が大きくなりつつある現在では、この話は何となく納得できるような気がします。僕も自分の世話が自分でできるうちに、ちょうど良い頃合を見計らって、「それでは、お後がよろしいようで…」と小粋にこの世からおさらばしたいもんです。(^_-)

1135. 「緒方貞子−難民支援の現場から」 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/06/08(水) 18:35:32
・「緒方貞子−難民支援の現場から」東野真著、集英社新書、2003年6月
 元国連難民高等弁務官で、現在は国際協力機構(JICA)理事長を務められている、緒方貞子氏の業績と思想を紹介したノンフィクションです。著者は緒方氏に関するドキュメント番組を製作したNHK社会情報番組チーフ・ディレクターであり、ドキュメント番組のために行った本人へのインタビューと関係者の証言を中心にして、番組では描き切れなかった緒方氏の思想と人となりを生き生きと描いています。
 緒方氏は僕の尊敬する人物の一人であり、著者が製作した緒方氏に関する番組は全て観ていましたが、本書を読んで、氏の偉大な業績と類稀な人格をより深く知ることができ、あらためて尊敬してしまいました。

 NHKのドキュメント番組を観た時に最も印象的だったのは、
 「そんなに平和ないい世界に住んでいるんじゃないですよ……20世紀が終わってもね」
という氏の言葉と、この言葉をつぶやくように言った時の氏の複雑な表情でした。
 この言葉は本書の中でも紹介されていて、やはり印象的ですが、本書にはドキュメント番組では紹介されなかった言葉や氏の考え方が数多く紹介されていて、
 「世界の平和は、受身で行動しているだけでは得られないのです」
という言葉が特に印象的でした。
 この言葉は、表面的には前航空幕僚長・田母神俊雄氏の著書のタイトル「座して平和は守れず」と似ていますが、このタイトルが内向きの国家主義(Nationalism)に基づいたものであるのに対して、緒方氏の言葉は外向きの国際主義(Internationalism)に基づいたものであり、基本的な思想と行動原理——敵対と協調、暴力と非暴力——が全く正反対です。
 その違いを理解するためにも、緒方氏という類稀なる人物を知ってもらうためにも、多くの人に読んでもらいたい本です。

1134. 「誰も知らない」 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/06/05(日) 12:46:47
・「誰も知らない」是枝裕和監督・脚本、2004年、日本
 「ワンダフルライフ」の是枝裕和監督の問題作であり、主演の柳楽優弥がカンヌ映画祭で史上最年少かつ日本人として初めての最優秀主演男優賞を獲得したことで、一躍、有名になりました。「ワンダフルライフ」では小田エリカの存在感が印象的だったように、この作品では柳楽優弥の存在感が非常に印象的であり、作品の後味を忘れがたいものにしています。
 この作品はドキュメンタリータッチの作品を得意とする是枝裕和監督の特徴がうまく生かされていて、実験的な作品である「ワンダフルライフ」に比べると比較的オーソドックスでわかりやすいと思います。河瀬直美監督に代表されるように、ドキュメンタリー出身の監督は作家性を重視して大衆受けすることは二の次のような作風が多いのですが、この作品を観ると、是枝裕和監督は作家性を生かしつつ、大衆受けする作品にシフトしようとしているような感じがします。
 是枝裕和監督が次はどのような作品に挑戦するのか楽しみです。v(^_-)

1133. ゲノム四方山話−閑話休題 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/06/02(木) 17:59:55
 3月7日に1042番の「プロテインワールド」を書き込んだ後、しばらくの間ゲノム四方山話を書き込むことができませんでした。別に東日本大震災とは無関係な書き込みを「自粛(^^;)」していたわけではありせんが、東日本大震災のことで頭の中が一杯になり、ゲノムのことを考える余裕がなかったのです。
 でもこの会議室に書き込んだ「放射線による発がん」の解説をまとめて雑学コーナーに展示し終わり、何となく一区切りできたような気になったので、そろそろゲノムのことを思い出そうとしています。
 頭の中がゲノム色に染まったら、またぼちぼちとゲノムに関する戯言でも書き込むことにしましょうかねぇ……。(^_-)

1132. 「リストカットの向こうへ」 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/05/28(土) 15:21:46
・「リストカットの向こうへ」生野照子著、新潮社、2009年6月
 心療内科・小児科医である生野照子先生が書かれた小説で、不登校の娘と女性医師の葛藤を臨場感に溢れた筆致で描いた、限りなくノンフィクションに近いフィクションです。
 生野先生といえば、日本における摂食障害治療の第一人者として、心身医学界では誰もが知っている名医です。その生野先生が神戸女学院大学人間科学部の教授をされていた時(現在は名誉教授)、ひょんなことから学生達の統計学指導を依頼されたことがあります。そして生野先生のお人柄に惹かれてすっかりファンになってしまった僕は、先生が神戸女学院を退職されるまで、毎年、卒研シーズンに学生達の統計学指導をさせていただきました。

 その生野先生が心身症をテーマにした一般向け解説書やノンフィクションではなく、小説を書かれたということを知って最初は驚きました。しかし本書を読んで、これを小説にした先生の意図が何となく理解できたような気がします。
 出来事を客観的かつ正確に伝えるには、フィクションよりもノンフィクションの方が向いています。しかし心の問題が身体の症状として現れる心身症については、患者の外面的な症状よりも内面的な深層心理の方が重要であり、それは必然的に非常にプライベートな問題になります。そのような問題を正確かつ真摯に伝えるには、むしろフィクションの方が向いていると生野先生は思われたのではないでしょうか。
 特に本書の前半の第一部からは、そのような印象を受けました。主人公は大学病院で心身症外来を担当している小児科の女性医師であり、若き日の生野先生を思わせます。患者との対話の様子も臨床現場における生野先生を連想させ、主人公のセリフが生野先生独特の相手を包み込むような上品で優しい声で聞こえてくる感じです。
 しかし後半の第二部になると、主人公の女性医師を始めとするキャラクター達が作者の手から離れ、独立した存在として物語の中で生き生きと行動し始めます。そして第一部では作者にリードされていた物語が彼女達にリードされるようになり、物語はその必然的な大団円に向かって突き進んでいきます。
 つまり第一部では物語は作者の手の中にあり、キャラクター達も作者の意図どおりに行動していたのが、第二部ではキャラクター達が自らの意思で行動し始め、作者が物語に憑依されて、キャラクター達の行動や心理状態を自動書記的に記述する存在になっているように感じられるのです。
 そのせいで本書は限りなくノンフィクションに近いフィクションであると同時に、小説として見事に成功していると思います。これは優れた医師であり冷静な研究者であると同時に、豊かな感受性とクリエイティブな才能に恵まれた生野先生ならではのものでしょう。
 医療関係者や臨床心理学関係者だけでなく、一般の人にも是非読んで欲しい小説です。

1131. 「キャパになれなかったカメラマン」 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/05/25(水) 11:33:32
・「キャパになれなかったカメラマン ベトナム戦争の語り部たち 上・下」平敷安常著、講談社、2008年9月
 アメリカABCテレビの名カメラマン”カミカゼ・トニィ”こと平敷安常氏の回想録で、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した傑作です。「ベトナム戦争の語り部たち」という副題が示すように、ベトナム戦争を決死の覚悟で報道した数多くのジャーナリストとカメラマン達の、個性的なプロフィールやエピソードを生き生きと描いています。
 若かりし頃、当時の若者の例に漏れず、僕も一応はベトナム反戦の学生運動をやっていましたし、伝説のフォト・ジャーナリスト、ロバート・キャパにも興味を持っていました。そのため新聞でこの本の宣伝を見た時、機会があれば読んでみたいと思っていました。
 それが最近、知り合いの先生(医師)から「僕の叔父さんが本を書いたので、興味があったら読んでみてよ」と、思いがけずこの本を紹介されたのです。w('o')w

 そういった個人的な因縁と、素直で率直な著者の筆致のおかげで、最初から著者に感情移入してしまい、著者が深く敬愛していた沢田教一とテリー・リーが殉職する章では、まるで自分の友人が死んだような気になって本気で泣いてしまいました。マスコミに対して偏見を持っているマスコミ嫌いの僕ですが(^^;)、この本に登場する若者達の、まさに決死の覚悟で戦争の真の姿を伝えようとする真摯な姿勢には、やはり胸を打たれてしまいます。
 そして驚いたことに、ベトナム反戦運動の象徴的なフォークソング「坊や大きくならないで」は、この曲の作者であるベトナムの作曲家トリン・コン・ソンと知り合いだった著者が、意訳して日本に紹介したものであることをこの本で知りました。またカンボジア内戦を題材にした映画「キリング・フィールド(ローランド・ジョフィ監督、1984年、イギリス・アメリカ)」のモデルとなった、ディス・プランと著者は仕事仲間であり、映画に描かれなかった内幕の一部をこの本によって知ることができました。
 「キリング・フィールド」を始めとして、エルサルバドルの内戦を題材にした映画「サルバドル(オリヴァー・ストーン監督、1986年、アメリカ)」や、ボスニア紛争を題材にした「ハンティング・パーティ(リチャード・シェパード監督、2007年、アメリカ)」といった戦争ジャーナリストを主人公にした映画を観たことがあり、戦争とジャーナリズムについてそれなりに考えさせられました。
 しかしこの本はノンフィクションであるだけに、戦争ジャーナリスト達が生身の人間であることをより強く感じさせてくれ、戦争について、ジャーナリズムについて、そしてジャーナリズムと世論について、色々なことをより深く考えさせられます。
 ベトナム戦争に興味のある人やジャーナリズムに興味のある人だけでなく、それらに興味のない普通の人にもお勧めしたい本です。

1130. Re[1129]:コンピュータの進化 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/05/23(月) 09:45:44
>通りすがり(^^;;さん
>>ただ時代の流れは早く、ひょっとしたら数年後はPCOSの一角として、Google hromeOS(=クラウド&Netbook)になっているかもしれませんが。。
 コンピュータ分野は進化が急速すぎて、ひとつのシステムを安定して作動させる期間がやたらと短いですね。
 思えば4ビットのプログラム付き電卓から現在のFedoraまで、ひとつのシステムを安定して使っていた期間は平均すると1年に満たないと思いますよ。システムのバージョンアップにかかる時間だけでかなりのものになるので、いい加減いやになりますね。(~o~)
 会社でコンピュータの管理をしていた時とは違って、今は常に最新バージョンを使うのではなく、Linuxは一つ前の安定したバージョンを使い、Windowsはどうしても必要にならない限りバージョンアップはしないようにしてます。
 近い将来には、Winと同様にLinuxも、どうしても必要にならない限りバージョンアップはしないようになりそうですよ。(^^;)

1129. Re[1127]:Fedoraを14にアップグレード 投稿者:通りすがり(^^;; 投稿日:2011/05/22(日) 21:45:52
まいどです。。

FedoreCore RHLのサポート受け、順調に進化してますね。

ただ時代の流れは早く、ひょっとしたら数年後はPCOSの一角として、Google ChromeOS(=クラウド&Netbook)になっているかもしれませんが。。


>とものりさん

>> 昨年の9月にVineからFedora13に乗り換えた後、11月にはFedora14がリリースされました。しかしその時はFedoraに乗り換えたばかりだったので、14にグレードアップするのはやめておきました。
>> 最近になってようやくFedoraに慣れたので、14にアップグレードすることにしました。Fedoraは、OSのアップグレードもソフトウェアのバージョンアップと同じようにSoftwareUpdateというプログラムで行うことができます。しかしアップグレード専用コマンドpreupgradeが提供されているため、念のためにこのコマンドを使ってアップグレードすることにしました。
>> preupgradeコマンドを実行するとアップグレード用ソフトをダウンロードし始め、それに約1時間かかりました。それから再起動してソフトのインストールが始まり、これが約2時間かかり、インストール終了後の後処理に約1時間かかりました。それからまた再起動したところ、無事にFedora14が立ち上がりました。その後、ソフトウェアの更新をチェックしたところ24個も更新があったので、それらを更新してようやくアップグレードが終了しました。
>> それからバージョンアップされた作業環境をチェックしたり、自作のソフトの作動をチェックしたりして、全ての作業が終了するのに約5時間ほどかかってしまいました。
>> Vineの時はOSのアップグレードはOSの入れ替えになってしまい、データのバックアップとリロードとか、プログラムのリコンパイルとか、作業環境の調整といった作業が必要でした。またWinではOSのアップグレードは新しいOSを購入することになり、有料の上にOSの入れ替えになります。
>> Fedoraのアップグレードは無料で、しかもOSだけバージョンアップすることができるので、それらに比べると随分楽です。(^o^)v
>>
>> こうしてアップグレードが終了し、ほっとしていた矢先に、Fedora15が5月下旬にリリースされるということを知りました。w('o')w
>> や〜れやれ、近いうちに今度は15にアップグレードしなければならないようですわい…!g(+o+)
>>

1128. 「しあわせの雨傘」 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/05/20(金) 09:55:30
・「しあわせの雨傘(Potiche)」フランソワ・オゾン監督、2010年、フランス
 今年もまたゴールデンウィーク恒例の三越映画劇場・無料招待券を貰ったので、「大ヒットした作品ではないものの、映画ファンの間で話題になったちょっといい作品」を観てきました。v(^_-)
 今回の作品は、女優使いの名人オゾン監督がカトリーヌ・ドヌーヴのために撮った、ドヌーヴに対するオマージュ映画です。往年の名作「シェルブールの雨傘」を連想させる題名と、オゾン監督作品ということで、もう少しひねった内容を期待したのですが、フランス映画らしい少し毒のあるエスプリは効いているものの、内容的にはドヌーヴに対するストレートなオマージュでした。
 この作品の前にドヌーヴと組んだ傑作映画「8人の女たち」では、ドヌーヴを立てつつ、他の7人の女優の個性もうまく引き出していました。しかしこの作品は最初から最後まで徹底的にドヌーヴのための作品であり、オゾン監督のドヌーヴ・ファンぶりが微笑ましい気がしました。
 もっともドヌーヴ・ファンではない僕にとっては、少々苦笑いも混ざった微笑ましさでしたが……。(^^;)

1127. Fedoraを14にアップグレード 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/05/18(水) 11:29:40
 昨年の9月にVineからFedora13に乗り換えた後、11月にはFedora14がリリースされました。しかしその時はFedoraに乗り換えたばかりだったので、14にグレードアップするのはやめておきました。
 最近になってようやくFedoraに慣れたので、14にアップグレードすることにしました。Fedoraは、OSのアップグレードもソフトウェアのバージョンアップと同じようにSoftwareUpdateというプログラムで行うことができます。しかしアップグレード専用コマンドpreupgradeが提供されているため、念のためにこのコマンドを使ってアップグレードすることにしました。
 preupgradeコマンドを実行するとアップグレード用ソフトをダウンロードし始め、それに約1時間かかりました。それから再起動してソフトのインストールが始まり、これが約2時間かかり、インストール終了後の後処理に約1時間かかりました。それからまた再起動したところ、無事にFedora14が立ち上がりました。その後、ソフトウェアの更新をチェックしたところ24個も更新があったので、それらを更新してようやくアップグレードが終了しました。
 それからバージョンアップされた作業環境をチェックしたり、自作のソフトの作動をチェックしたりして、全ての作業が終了するのに約5時間ほどかかってしまいました。
 Vineの時はOSのアップグレードはOSの入れ替えになってしまい、データのバックアップとリロードとか、プログラムのリコンパイルとか、作業環境の調整といった作業が必要でした。またWinではOSのアップグレードは新しいOSを購入することになり、有料の上にOSの入れ替えになります。
 Fedoraのアップグレードは無料で、しかもOSだけバージョンアップすることができるので、それらに比べると随分楽です。(^o^)v

 こうしてアップグレードが終了し、ほっとしていた矢先に、Fedora15が5月下旬にリリースされるということを知りました。w('o')w
 や〜れやれ、近いうちに今度は15にアップグレードしなければならないようですわい…!g(+o+)

1126. LANケーブルの自作 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/05/15(日) 21:54:34
 諸般の事情で、少し前に仕事部屋を南向きの健康的な部屋から北向きの不健康な部屋(^^;)に替えました。それに伴ってLANの配線をやり直すことになったので、この際、LANケーブルを買わずに自作することにしました。
 今はLANケーブルの自作用キットが市販されていますし、インターネットなどでLANケーブルの自作方法を解説しているサイトがあるので、LANケーブルを比較的簡単に自作することができます。
 今回はLANケーブルの自作キットは買わず、アメ横の工具専門店で圧着工具(かしめ工具)だけ買いました。価格は2千円弱で、電話線用のモジュラーケーブルの圧着もでき、その上ケーブルの被覆を切り取るストリッパーまで付いている優れ物です。ケーブルはこれまで使っていたLANケーブルがかなり長いものだったので、それを短く切って使うことにし、RJ-45プラグだけを買いました。
 そしてインターネットでLANケーブルの自作方法を調べ、それに従ってLANケーブルを自作してLANの配線をやり直すことができました。LANケーブルを自作したのは初めてですが、拍子抜けするほど簡単にできてしまいました。
 そこでもっとLANケーブルを作ってみたくなり、今は友人や知人の中でLANケーブルを必要としている犠牲者がいないか、虎視眈々と探しているところです。(^^;)v

1125. Re[1124]:主よ、人の望みの喜びよ 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/05/11(水) 10:09:41
>山本直樹先生
>>以下に示したものは携帯電話のCMだそうです。
>>http://www.youtube.com/watch?v=C_CDLBTJD4M
>>日本人でも日本人の感性でバッハを理解できることを確信しました。
 う〜む、企業のCMってのが少し気に入りませんが(^^;)、素晴らしいアイデアですね!
 バッハの音楽は普遍的なので、どんなシチュエーションでもぴたりとはまりますね。この演奏を聴いていて、何となくMJQ(モダン・ジャズ・カルテット)が演奏していたバッハを思い出しましたよ。木琴風の音がビブラフォンの音を連想させたのです。

>>また有名な良寛の漢詩を思い起こされました。
 以前、復元された水琴窟の音を聞いた時、この漢詩を連想しましたよ。でも、バッハの音楽もこの漢詩に見事に合いますね。バッハの音楽は人間が創ったものではなく、天から舞い降りてきた音楽という感じがしますからね。
 バッハの宗教音楽は自然崇拝の神道に合うような気がします。そして非常に人間的な苦悩と熱情に溢れたベートーヴェンの音楽は、人間的で克己的な仏教に合うような気がしますね。

1124. 主よ、人の望みの喜びよ 投稿者:山本直樹 [URL] 投稿日:2011/05/10(火) 20:49:41
杉本先生
こんな時こそさわやかな話題を。
以下に示したものは携帯電話のCMだそうです。
http://www.youtube.com/watch?v=C_CDLBTJD4M
まごうことなき、西洋音楽真髄であるのバッハの「主よ、人の望みの喜びよ」ですが、これほど日本の風土に合った「主よ、人の望みの喜びよ」を聞いたことがありません。日本人でも日本人の感性でバッハを理解できることを確信しました。また有名な良寛の漢詩を思い起こされました。
「没絃琴」   「没絃の琴」     
 静夜草庵裏   静夜 草庵の裏
 独奏没絃琴   独り奏す没絃の琴
 調入風雲絶   調べは風雲に入りて絶え
 声和流水深   声は流水に和して深し
 洋々盈渓谷   洋々渓谷に盈ち
 颯々度山林   颯々山林を度る
 自非耳聾漢   耳聾の漢にあらざるよりは
 誰聞希声音   たれか聞かん 希声の音

静かな夜がしんしんと再けていき、貧しい草庵の内で私は独り、絃のない
琴の調べに聴き入っている。その妙なる調べは風雲に入り、せせらぎの
音と調和し、広々と渓谷に満ち、颯爽として山林を渡っている。
それは私が奏でている音楽なのか、それとも自然が奏でている音楽なのか、私にも定かにわからない。いずれにしても、世間の雑音には耳を傾けない者でなければ、この妙なる音楽は聴こえまい。

1123. Re[1122]:命の価値 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/05/05(木) 21:29:24
>山本直樹先生

>>私がかかわっている岐阜ホスピスケアをすすめる会のHPに以下のような書き込みがありました。
>>多くの人にこの親子のことを知っていただきたく、転載させて下さい。
 貴重な書き込みを転載していただき、ありがとうございました。このような書き込みに対して、「感動的」などという通り一遍の言葉は何となく不遜のような気がして、言うべき言葉がありません。
 また僕のような人間では、本田先生のお人柄を偲ぶことはできても、気持ちを共有できるとはとても思えませんが、本田先生と同じようにこの親子のことを多くの人に知ってほしい思いだけは共有できる気がします。
 僕が持っているネットワークを利用して、この書き込みをできるだけ多くのところに転載したいと思います。
 どうもありがとうございました。

1122. 命の価値 投稿者:山本直樹 [URL] 投稿日:2011/05/04(水) 17:49:10
杉本先生、またこの掲示板を見ている方々
私がかかわっている岐阜ホスピスケアをすすめる会のHPに以下のような書き込みがありました。
多くの人にこの親子のことを知っていただきたく、転載させて下さい。
私達の同胞はけなげです。また本田先生のお人柄がしのばれます。

いわきの本田です

このメーリングリストの趣旨とは合致しませんが、投稿させてください
私と気持ちを共有してください



1年間のNICU入院生活の後に、在宅人工呼吸器で退院された13トリソミーの赤ちゃんがいました。4月から養護学校入学予定でした。


3歳の弟がいます。

お母さんは妊娠中で、その子の入学式に出席されるために3月28日を帝王切開予定にしていました。

津波が来て、お子様二人、お母さんが流されました。

お母さんは二人のお子さんを抱え妊娠中でもあったため、避難が遅れたようです

母親は子供二人を抱きかかえたまま離さず、流されてお亡くなりになりました

本日、その13トリソミーの赤ちゃんが見つかり荼毘に付したとお父さんが報告にいらしてくれました。

下のお子さんは、いまだに行方不明です。



私見ですが、寝たきりの13トリソミーの赤ちゃんを置いて、3歳の子と二人なら逃げられたのかもしれません。そのように考える私は綺麗ごとを言っても、しょせん偏見の塊であることを認めなければなりません。母親の愛は、理屈でしか物事の価値を判断できない私のちっぽけな心をはるかに凌駕しています。


生まれてきた命にはすべて同じ価値がある、そんなことを言う資格は私にはありません。それを実践された家族にのみ許された言葉だと思います。

しかし、その家族の気持ちをたくさんの人に伝えることはできます。それがこれからの私の使命だと思います。

母親は理屈抜きに全ての子供に同じように命がけで愛情を持つ、この母親の気持ちをすべての周産期関係者に知っていただきたいと思います。



お父さんが伝えていかれた言葉は

NICU入院中はかなり厳しい経過もありましたが、助けていただいて、ありがとうございました。

生まれた時は、足が震えて、「この子からは、子供を持った喜びは、もらえないのではないか」と感じたこと。

でもこの子を中心に家族がまとまることができて、健常な赤ちゃんを育てただけでは得られない幸せを感じられた。子供に感謝している。

この子が生まれたこと、この子を育てることができたこと、に感謝している。

母親を尊敬している。

障碍者は災害の時は弱者であること。

その他たくさん思い出話もしましたが、よく覚えていません。

本当に子煩悩なお父さんで、お母さん思いのご主人でした。毎日、仕事帰りにNICUにいらっしゃり、遅くまで二人で面会されていました。




私が一番印象に残っているのは

退院する頃、お母さんに「本田先生!この子は笑うようになるんでしょうか?」と尋ねられ

「う〜〜ん。家に帰れば、その可能性はあるけどねえ」とお答えしました。

退院1か月後に、はじけるような笑顔の写真をNICUに送ってくれました。

「退院するときは、また本田先生が気休めを言っていると思いましたが本当に笑うようになりました」

と手紙に書いてありました。予後不良の赤ちゃんでも、在宅での家族の関わりで飛躍的に発達を遂げることを学びました。

本当はもっと別なことを学ばせていただいたのですが、言葉に表現できません。家族の愛は素晴らしいという事かもしれません。よくわかりません。

ご推量お願いします。



この赤ちゃんは「口唇修復術を施行した13トリソミーの2例」として、一昨年、未熟児新生児学会に報告させていただいています

笑顔の写真も提示しましたので、ご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。

手術をしたことにより、愛情がより湧いたこと

外出も気楽にできるようになったこと

たくさんの人に赤ちゃんを見てもらえるようになり、より喜びを感じることができたこと

などを、自宅を訪問した折に両親にお話を頂きました。

そう言えば、すぐその先が海でした


まとまりが無くなり、申し訳ありません。家族の了解を得て投稿しています
無力な私ですが、ご主人と二人でお母さんたちの命を無駄にしないための、何かの行動を一緒にしましょうと約束しました。

今回の震災では2万人以上の犠牲者がいるそうです。

同様の物語が2万通りあることを、もう一度銘記したいと思います



いわき市立総合磐城共立病院 未熟児新生児科 本田義信





お父さんには、このことをたくさんの人に知ってほしいという気持ちがあり

私もたくさんの人に知ってもらって、たくさんの人に何かを感じてもらいましょう

と約束したので、どこに公表しても構いません

1121. 放射線による健康被害の間違った解説−補足 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/05/04(水) 12:14:55
 1120番の書き込みで紹介した記事には、次のような説明もあります。

「がんの原因の約30%は、たばこだ。危険性が0.5%高まる100ミリ・シーベルト程度の放射線と比べた場合、発がんへの影響は喫煙の方がはるかに大きいと言える。
 一方、放射線量が100ミリ・シーベルトより少ない場合、がんの危険性の差はわずかで、はっきりした影響はわからない。一般に「明らかな健康障害が出るのは100ミリ・シーベルトから」とされるのはこのためだ。(→2011年4月3日読売新聞 http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=39022)」

 「がんの原因の約30%は、たばこだ。」とは、ガンによる年間死亡数30万人中、約30%にあたる約9万人はタバコによるガン死亡者だという意味です。
 現在、日本の成人の喫煙率は約23.9%です。ガンによる年間死亡者30万人中の喫煙率は不明ですが、日本の平均喫煙率よりは多いでしょうから、仮に約2倍の50%とします。すると30万人中15万人が喫煙していて、その中の9万人がタバコによるガン死亡ということになります。
 したがってもし30万人全員が喫煙していたとすると、タバコによるガン死亡者は18万人になるはずです。これは、タバコによる過剰死亡率が1年あたり0.18%あるということを意味します。この過剰死亡率を、放射線と同様に50年間累積すると9%になります。
 したがってタバコの50年後の致死リスク係数は9%ということになり、1Svの放射線被曝の50年後の致死リスク係数5%の約2倍になります。このことから、この会議室で何度も強調してきたように、「1Sv(=1000mSv=1000000μSv)の放射線の発ガンリスクは、タバコの発ガンリスクの半分程度」ということなります。
 それを「がんの原因の約30%は、たばこだ。危険性が0.5%高まる100ミリ・シーベルト程度の放射線と比べた場合、発がんへの影響は喫煙の方がはるかに大きいと言える。」などと、わけのわからん比較をしてはいけません。(-"-)

 また100mSvの放射線の発ガンリスクは、計算上はタバコの発ガンリスクの20分の1程度です。これは焼き魚のコゲや大気汚染の発ガンリスクよりも小さいリスクであり、現実問題として確実に検証できる大きさではありません。その結果、「放射線量が100ミリ・シーベルトより少ない場合、がんの危険性の差はわずかで、はっきりした影響はわからない」ということになります。
 しかし「明らかな健康障害が出るのは100ミリ・シーベルトから」といっても、100mSvの放射線の発ガンリスクはタバコの発ガンリスクの20分の1程度であり、「明らかな健康障害」とはいえません。医学的に意義のある発ガンリスクは少なくともタバコの10分の1以上の発ガンリスク、つまり200mSv以上の放射線を浴びた場合であり、「明らかな健康被害」と言えるのはタバコの半分程度の発ガンリスクつまり受動喫煙の発ガンリスクであり、1Sv以上の放射線を浴びた場合だと思います。

1120. 放射線による健康被害の間違った解説 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/05/03(火) 21:25:38
 原発事故に関連して、放射線による健康被害の程度を解説する記事がマスコミでしばしば報道されますが、例によってほとんどのものは科学的な正確さを欠いています。例えば次のような解説がその典型です。

「世界の放射線の専門家で作る「国際放射線防護委員会(ICRP)」によると、放射線を全身に一度に浴びると、がんなどで死ぬ危険は1000ミリ・シーベルトあたり5%高まる。100ミリ・シーベルトなら10分の1の0.5%、200ミリ・シーベルトなら1%危険性が増えるわけだ。
 日本人の約30%は、がんで亡くなっている。100ミリ・シーベルトの放射線の影響が加わると、がんの危険性は0.5%増えて30.5%になり、200ミリ・シーベルトの被曝なら1%上乗せされて31%になる計算だ。(→2011年4月3日読売新聞 http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=39022)」

 この解説の中の「がんなどで死ぬ危険は1000ミリ・シーベルトあたり5%高まる」というのは、ガンの「致死リスク係数」と呼ばれる指標が1Svあたり5%であることを表しています。致死リスク係数とは、放射線を浴びた集団において、放射線に起因すると考えられる死亡数つまり過剰死亡数の割合のことであり、絶対リスク(被曝群の死亡率と非被曝群の死亡率の差)とほぼ同じ意味の指標です。
 広島と長崎の被爆者を対象とした原爆被爆者調査(寿命調査)では、被爆群と非被爆群を50年間以上追跡調査して放射線の被曝量とガンの累積死亡率の関係を分析しています。その結果、非被爆群の累積死亡率が約9%なのに対して、被爆群の累積死亡率は被曝量1Svあたり約5%増加していて、1Sv被曝した時の累積死亡率は約14%でした。これがICRPのガンの致死リスク係数5%の根拠になっていると思われます。

 一方、「日本人の約30%は、がんで亡くなっている」というのは、現在の年間死亡者の中でガンによる死亡者の割合が30%あるということです。説明を簡単にするために日本の人口を1億人とすると、現在の1年あたりの死亡率は約1%ですから、年間死亡者は約100万人になります。その100万人の30%にあたる30万人がガンによる死亡者であり、1年あたりのガン死亡率は0.3%です。

 今、1万人の人間が1Svの放射線を浴びたとすると、原爆被爆者調査の結果から50年後のガンによる累積死亡率を予想することができます。もしこの人達が放射線を浴びなかった場合、50年後のガンによる累積死亡率は約9%になり、累積死亡数は900人になります。そして全死亡者中のガンによる死亡者の割合が50年後も変わらずに約30%だとすると、全体の累積死亡率は30%になり、累積死亡数は3000人になります。
 ところが1Svの放射線を浴びたため、50年間後のガンによる累積死亡率が5%増えて14%になり、累積死亡数は500人増えて1400人になります。そして全体の累積死亡数も500人増えて3500人になり、全体の累積死亡率は35%になります。この時、全死亡者中のガンによる死亡者の割合は1400人/3500人×100=40%になります。これが「がんなどで死ぬ危険は1000ミリ・シーベルトあたり5%高まる」つまり致死リスク係数5%の意味するところです。

 この致死リスク係数を年間死亡者中のガン死亡者の割合である30%に適用して、「1Svの放射線を浴びるとガンの危険性が5%増えて35%になる」などと計算してはいけません。それでは年間死亡者100万人中で、ガンによる死亡者の割合が5%増えて35%(35万人)になり、ガン以外の死亡者の割合が65%(65万人)に減るという意味になってしまいます。
 これは、放射線を浴びなければガン以外の原因——例えば心臓病等——で死亡するはずの5万人が、放射線を浴びたためにガンで死亡することになったという意味です。もしその5万人が80歳で心臓病で死ぬはずが80歳でガンで死んだということなら、死因が変わるだけであり、実質的には「健康被害」とは言えません。
 本当に問題になる「健康被害」とは、例えば本来ならば80歳で心臓病で死ぬはずの人が、放射線を浴びたために50歳でガンで死ぬというような事例です。このことを正確に分析するためには生命表解析という解析手法を適用する必要がありますが、残念ながら原爆被爆者調査ではこの分析は行っていません。しかし非被曝群に比べて被曝群のほうがガンによる死亡率が増え、その結果として全体の死亡率も増えているので、放射線による健康被害の存在がある程度は立証されています。

 マスコミに正確さを求めるのは、政治家に誠実さを求めることと同様に「無い物ねだり」であることは重々承知していますが、事が事だけに、科学的に不正確な解説があまりにも多いのは困ったもんです。(~o~)

1119. 家族葬 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/05/02(月) 08:31:25
 先日、カミさんの父親が94歳で亡くなりました。直接的な死因は腸閉塞でしたが、10日ほど入院しただけで、長患いもせず、苦痛もなく、ほとんど老衰に近いものでした。
 義父の親兄弟はかなり以前に亡くなっていて、しかも晩年は介護施設でお世話になっていたため、近所付き合いもほとんどありませんでした。その上、喪主であるカミさんの兄も既に定年退職していて、仕事上の付き合いも少なくなっていました。
 そこで家族で話し合い、家族だけで葬儀を行う「家族葬」にすることにしました。葬儀屋さんに尋ねたところ、この土地(三重県四日市市)でも家族葬が増えていて、約7〜8割程度は家族葬だということです。
 家族葬は初めての経験でしたが、家族だけなので非常に気楽で、しかも94歳という大往生なので湿っぽさもほとんどない、のんびりとした穏やかな葬儀でした。

 以前から「僕が死んだら葬儀はせず、遺骨を世界中に散骨して欲しい」と家族にも周囲に言いふらしてあり、葬儀はしないつもりです。でも、何かのしがらみで葬儀をしなければならない羽目になったら、家族葬がいいですね。

1118. Re[1117]:「放射線による発がん」資料の解説を展示しました 投稿者:通りすがり(^^;; 投稿日:2011/04/23(土) 16:16:59
>とものりさん

URL。Twitterにポストさせていただきました。
よろしくお願いします。


>> 当会議室に緊急連載していた「放射線による発がん」資料の解説をまとめて、雑学コーナーに「放射線による発がん——データ解析屋的解説」として展示しました。
>> 急いでまとめたので、内容的に不備な点が多々あると思います。何か気付いた点や要望がありましたら、遠慮なくこの会議室に書き込んでください。
>> とゆーことで、どちら様もよろしくお願いします。m(..)m
>>

1117. 「放射線による発がん」資料の解説を展示しました 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/04/22(金) 22:08:46
 当会議室に緊急連載していた「放射線による発がん」資料の解説をまとめて、雑学コーナーに「放射線による発がん——データ解析屋的解説」として展示しました。
 急いでまとめたので、内容的に不備な点が多々あると思います。何か気付いた点や要望がありましたら、遠慮なくこの会議室に書き込んでください。
 とゆーことで、どちら様もよろしくお願いします。m(..)m

1116. Re[1115]:放射性物質の測定方法について 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/04/19(火) 11:02:13
>通りすがり(^^;;さん

>>話の10%も理解できていませんが(汗、お疲れ様でした。
 大丈夫、普通の人で 0〜20%程度、医学分野の専門家で80%程度、その他の分野の専門家では50%程度理解していただければ御の字です。最初は簡単な解説にするつもりが、途中で僕自身がのめりこんでしまい、かなり突っ込んだ内容になってしまいましたからねぇ。(^^)ゞ

>>多くの人のため、別ページ(展示室)への掲載希望します。
 途中からそのつもりで書いていました。できれば何とかまとめてみたいと思います。

>>調査してないので、誰もわからない・・・ですが、融解していたわけで、かなりの量が調査漏れになっているのでは・・・という気がしますが。
 放射性物質の測定には色々な方法がありますが、原理的にはまず放射線の種類と強さを測定して放射能の量を測定し、次に核種(放射性同位元素の種類)を判別します。核種が判別できないほど微量の時は、とりあえず人体にとって最も危険性の高い放射性ヨウ素(I-131)と見做して測定します。このため放射性セシウム(Cs-137)などの他の核種が混載していた時は、放射性ヨウ素の量が過大評価になり、人体に対する危険性も過大評価になります。
 現在はかなり微量の放射線でも検出可能であり、しかもかなり微量の放射性同位元素でも検出できるようになったので、測定結果の信頼性はかなり高いと思いますよ。ちなみに放射性物質の測定方法は厚労省等で標準的な測定方法が決めれているので、それに従って測定しているはずです。

 遥か大昔、僕がまだうら若き大学生だった頃、ウチの大学に当時としては珍しい放射性化学研究所がありまして、僕も放射性同位体を使って実験をしたものです。当時の被曝量管理はもんのすご〜〜〜くラフでして、線量計はまだ一般的ではなかったので、「フィルムバッジ」といって、放射線にあたると色が変わるバッジを付けて実験してしました……という建前で、実はそれさえ付けずにこっそりと実験をすることがありました(これは、ここだけの内緒話です(^_-))。
 そして当時の放射線化学研究者仲間では、「白血病にならなければ、一人前の放射性化学研究者とは言えない!」という冗談が半ば公然と言われていましたよ。でも1Sv=1000mSv浴びてもタバコの半分程度の発ガン率(=受動喫煙の発ガン率)で、500mSvで魚のコゲや香辛料の発ガン率程度、200mSv でコーヒーの発ガン率程度のリスクですから、僕等の仲間は誰も白血病にはなれず、”一人前の放射性化学研究者”にはなれませんでしたね。(^^;)
 現在の状況でこういった昔話をすると、「不謹慎だ!」と怒られそうですからこれ以上はしませんが、当時の僕等学生は放射線を”怖がらなすぎた”ので、今考えるとかなり危ないことを平気でやってましたよ。

 キュリー夫妻のような初期の放射性物質研究者は、精製したラジウムを素手で触ったり、腫瘍に対する放射線の治療効果を確認するためにラジウムを腕に貼り付けたりと、相当無茶な実験をしていました。このため実際に白血病になった人もいましたが、白血病にも固形ガンにもならず、長生きした人もいました。
 ちなみに「キュリー夫人は白血病で死んだ!」という都市伝説がありますが、実際には胆石と結核を併発し、直接的な死因は再生不良性貧血でした。夫のピエール・キュリーの方は当時しては珍しい交通事故(馬車に轢かれた)で死んだので、これは有名ですね。

1115. 連載ありがとうございました。。。 投稿者:通りすがり(^^;; 投稿日:2011/04/18(月) 18:23:51
話の10%も理解できていませんが(汗、お疲れ様でした。
多くの人のため、別ページ(展示室)への掲載希望します。

小康状態の現在。。

情報としては、放射線(わりと公表されている。ただし、サンプリングは作為)と放射性物質(一部しか公表されてない。。というか調査してない。。)だと思います。

低線量被爆は、たぶん・・・あまり問題ない・・・というのはわかりましたが、調査されていない放射性物質はどうなんでしょ。。
調査してないので、誰もわからない・・・ですが、融解していたわけで、かなりの量が調査漏れになっているのでは・・・という気がしますが。





1114. 「放射線による発がん」資料について−20(最終回) 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/04/17(日) 13:39:45
 偶然誤差と系統誤差の存在を考慮すると、「放射線による発がん」資料のデータを用いて被曝量とガン死亡率の関係を検討する場合、低線量領域では誤差の影響が無視できず、正確な関係を見極めるのは困難だと思います。そして大雑把に言えば、200mSv以下の領域における被曝量とガン死亡率の関係を正確に求めることは事実上不可能であり、100mSv以下では、たとえ放射線の影響——悪影響にせよ好影響にせよ——があったとしても、それは医学的な誤差範囲内であり実質的に無視できる程度だと思います。
 そもそも1Svの被曝量で喫煙のガン死亡リスクの半分程度のリスクですから、100mSvの被曝量では喫煙の20分の1程度のリスクになり、現実問題として確実に検証できる大きさではありません。動物実験等の結果から、喫煙のリスクの20分の1以上のリスクを持っている可能性があると示唆されるもの——例えば焼いた食品のコゲ、各種香辛料、コーヒー等の嗜好品、電波等——は数多くありますが、人間を対象にした臨床試験や疫学調査で確実に検証できたものはほとんどありません。

 放射線が人体に与える影響の研究は、普通の研究と違って二重検法による無作為化比較対照試験(Randomized Controlled Trial:RCT)が行えません。そのため、どうしてもこの資料のような大規模な疫学調査に頼るしかありません。そして現在のところ、この資料以上に正確で信頼性が高い大規模なデータは存在しないため、低線量領域における放射線の影響をこれ以上正確に検討することは事実上不可能だと思います。
 これ以上正確に検討するためには、この資料の少なくとも10倍以上の人数(60万人以上)の、被曝量を線量計で確実に測定した被曝群と、それと背景因子と生活環境・生活習慣を一致させた同数の非被曝群について、60年以上追跡観察し、全死亡者について病理解剖を行って死因を特定した、大規模で正確なデータが必要です。そのような大規模なデータが入手できるとしたら、現在のところ広島・長崎と同じような核兵器による被爆か、大規模な原発事故以外には考えられません。
 僕としては、できればそのようなデータが入手できるような事態が決して起こらないことを願っています。

 以上、「放射線による発がん」資料についてややこしい解説を長々としてきましたが、これでようやく終わりです。寺田寅彦の有名な言葉に、「ものを怖がらなすぎたり、怖がりすぎたりするのはやさしいが、正当に怖がることはなかなかむつかしい」(『小爆発二件』1935年(昭和10年)11月、文学)というものがあります。放射線はまさに「正当に怖がること」が非常に難しいシロモノです。放射線を正当に怖がり、正しい対処法を考えるためには、放射線に対する正確な科学的知識を持ち、正確な情報をできるだけ沢山手に入れることが大切だと思います。この解説がわずかでもその一助になれば幸いです。

※参考サイト
・財団法人 放射線影響研究所(http://www.rerf.or.jp/)
・財団法人 放射線影響協会(http://www.rea.or.jp/)
・独立行政法人 放射線医学総合研究所(http://www.nirs.go.jp/)

1113. 「放射線による発がん」資料について−19 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/04/17(日) 13:11:30
 参考までに、「微量の放射線を浴びることは健康に良い」という「放射線ホルミシス効果」について少し紹介しておきましょう。これは1980年代にアメリカ・ミズリー大学のT.ラッキー教授が最初に提唱したもので、「どんなに微量の放射線でも人体に有害である」という国際放射線防護委員会(International Commission Radiological Protection:ICRP)の主張に反論したものです。
 実際、大阪府立大学先端科学研究所の米澤教授らによる研究では、マウスに0.5Gy(≒500mSv)程度の低線量の放射線を照射し、その後で6〜7Gy(≒6〜7Sv)程度の放射線を照射すると、低線量の放射線を照射しなかったマウスに比べて死亡率が低下したという結果が出ています。これを「米澤効果」といい、低線量の放射線が、放射線に対する耐性をマウスに作ったのだろうと解釈されています。

 一方、大阪大学の近藤宗平教授、国立がんセンターの祖父江友孝放射線研究部長、岡山病院の古本嘉明院長らが、ラドン温泉である鳥取県・三朝(みさき)温泉地区の住民を対象にして、1950年代から30年にわたる大規模な疫学調査を行いました。三朝温泉地区の住民はラドン温泉から放射される微量の放射線を日常的に浴びていて、しかもラドンを含む井戸水を飲料水として利用していましたが、疫学調査の結果では、対照群とした放射線を浴びていない鳥取県の他の地区と比べて、ガンによる死亡率が低かったのです。
 この疫学調査の結果と、ラッキー教授が提唱した放射線ホルミシス効果が、ラジウム温泉とラドン温泉の効能の根拠になっています。そしてラジウム温泉以外でも、自然食品や健康食品や健康器具を販売している店で、ラジウム鉱石を含んだ陶器で作った食器を「健康に良い食器」として販売していて、その効能書きに放射線ホルミシス効果が盛んに利用されています。

 これらの動物実験の結果や疫学調査の結果については、二次資料しか見ていないため統計学的なチェックはできません。しかし疫学調査の結果については、放射線量の微量さと死亡率の低さから考えて、医学的誤差の範囲内の変動ではないかと思います。そして放射線ホルミシス効果が実際に存在したとしても、医学的誤差を超えるほどの効果とは思えず、実質的な意義はほとんどないと思います。

1112. 「放射線による発がん」資料について−18 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/04/16(土) 12:40:27
○系統誤差(systematic error)
 資料の1.1節(82ページ)で「系統的誤差」と記載されている誤差で、被爆者の背景因子や生活習慣・生活環境などによって発生するデータの偏り(bias)です。偶然誤差と違って、この誤差は原理的には補正することができます。

・背景因子の影響
 ガンの死亡率は性別や年齢といった背景因子によって影響を受けます。特に年齢の影響は大きく、20歳代の若年者と比べると60歳代の高齢者は死亡率が100倍以上高くなります。(→http://ganjoho.ncc.go.jp/data/public/statistics/backnumber/2010/files/data03.pdf)
 「放射線による発がん」資料のデータは被爆群と非被爆群の性と年齢をほぼ一致させているため、ガン死亡率に対する性と年齢の影響がどちらも同じになり、放射線の影響を公平に比較することができます。また性と年齢が死亡率に与える影響はある程度わかっているので、被爆群のガン死亡率を性と年齢によって理論的に補正し、日本全体のガン死亡率と比較することもある程度は可能です。
 しかしガン死亡率に対する性または年齢の影響は、他の背景因子と組み合わせると異なることがあります。例えばガン死亡率は全体として女性よりも男性の方が高いのですが、高齢になるほど男の方が死亡率がより上昇し、性差が大きくなります。これを「性と年齢の交互作用」といいます。複数の背景因子の間にこの交互作用があると、背景因子による誤差を完全になくすことはできません。

・生活習慣と生活環境の影響
 ガンは生活習慣病ですから、ガン死亡率は食生活のような生活習慣や、住んでいる場所が都会か田舎かといった生活環境の影響を受けます。特に喫煙の影響は大きく、喫煙の有無や受動喫煙の有無によって死亡率が影響されます。
 「放射線による発がん」資料のデータは被爆群と非被爆群の生活環境をできるだけ一致させるために、被爆者と同じ広島または長崎に住んでいて、被爆しなかった人を非被爆群にしています。しかし生活習慣まで一致させるのは困難なので、そこまで一致させることはしていません。
 生活習慣と生活環境の影響もある程度わかっているので、被爆群と非被爆群の違いを理論的に補正することはある程度は可能です。しかし背景因子の補正と同じように、複数の生活習慣・生活環境の間に交互作用があると誤差を完全になくすことはできません。

・自然放射線の影響
 自然放射線の存在は被曝量の系統誤差になります。自然放射線量は世界平均としては1年間あたり2.4mSvです。しかし自然放射線量は住んでいる国をはじめとする生活環境によっても、生活習慣によっても違い、だいたい1〜7mSv程度の範囲で変動します。
 例えば自然放射線を1年あたり1mSv浴びていた20歳の人が、100mSvの放射線に被爆してガンで死亡したとすると、その人の死亡時の被曝量は単純計算で120mSvになります。それに対して自然放射線を1年あたり7mSv浴びていた50歳の人が、同じように100mSvの放射線に被爆してガンで死亡したとすると、その人の死亡時の被曝量は単純計算で450mSvになります。この2人を100mSvの被曝量によるガン死亡として扱うと、330mSvの系統誤差があることになります。
 もちろん年齢と生活環境・生活習慣に基づいて自然放射線量を補正することは可能ですが、やはり誤差を完全になくすことは困難です。

1111. 「放射線による発がん」資料について−17 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/04/15(金) 17:19:57
・被曝量の測定誤差
 放射線の影響を調べる場合、現実的な偶然誤差として被曝量の測定誤差があります。コイン投げの場合、これはインチキの程度の誤差に相当します。つまりある割合で表が出やすいようにインチキをしたつもりが、インチキの技術が未熟なため、やり過ぎたり、やり過ぎなかったりするようなものです。

 そもそも被曝量は機械的にきちんと測定できるものではなく、原理的にかなりの誤差が入る可能性があります。被曝量のベースになるのは放射能(放射線を放出できる能力)であり、それを測定する単位は「ベクレル(Bq)」です。これはある物質に含まれる放射性元素(放射性同位元素)が、1秒間に放射性崩壊する(原子核が放射線を放出して変化する)数を表します。つまり「1Bqの放射能」とは、放射性元素が1秒間に1個変化して放射線を放出する能力というわけです。以前は「キュリー(Ci)」という単位が使われていて、1Ci=3.7×1010Bqという関係があります。
 ところが放射性元素が1個崩壊する時に、放射線を必ず1本放出するというわけではありませんし、放射線の種類も同じではありません。例えばラジウムが崩壊するとα線(2個の陽子と2個の中性子からできたヘリウムの原子核)を放出し(α崩壊)、放射性ヨウ素が崩壊するとβ線(電子)を放出し(β崩壊)、それによってできた放射性キセノンが崩壊するとγ線(波長の短い電磁波)を放出します(γ崩壊)。
 放射線の種類が違うと性質も異なるため、放出された放射線の量つまり照射線量を統一的に測定することはできず、統一単位はありません。ただ、同じ電磁波であるγ線とX線については「クーロン毎キログラム(C/kg)」という単位で統一的に測定することができます。これは空気1kg中に1クーロン(C)の電気を帯びさせる放射線の量であり、放射線の持つエネルギーが空気をイオン化する能力に基づいています。以前は「レントゲン(R)」という単位が使われていて、1R=2.58×10-4C/kgという関係があります。

 照射線量が統一的に測定できないため、放射線の影響の強さは、ある物質に放射線を照射した時、どの程度のエネルギーが吸収されるかということを指標にして測定します。これが吸収線量であり、「グレイ(Gy)」という単位が使われます。これは物質1kgあたり1ジュール(J)のエネルギーが吸収された時の吸収線量で、放射線が全て吸収されるわけではないので照射線量との関係は一定ではありません。以前は「ラド(rad)」という単位が使われていて、1rad=0.01Gyという関係があります。
 放射線が人体に与える影響を問題にする場合、同じ1Gyの吸収線量でもα線とγ線では影響力が異なります。そこでその影響力を補正した吸収線量として考えられたのが等価線量であり、「シーベルト(Sv)」という単位が使われます。これは吸収線量に放射線荷重係数(線質係数)を掛けた値です。放射線荷重係数はγ線とX線を1として、現在はα線が20、β線が1などとなっていて、新しい研究結果に基づいて変更されることがあります。以前は「レム(rem)」という単位が使われていて、1rem=0.01Svという関係があります。
 また人体は組織によって放射線の影響力が異なるため、全身被曝した時は組織ごとの影響力を補正する必要があります。そこで等価線量に組織ごとの組織荷重係数を掛け、それを全ての組織について足し合わせた吸収線量を計算します。これを「実効線量」といい、等価線量と同じ「シーベルト(Sv)」単位を使います。

 以上のようなややこしい過程を経て、ようやく被曝量を測定することができます。しかし原爆の場合、被爆者が線量計(放射線の線量を計測する器具)を身に付けていたわけではないので、被曝量は推定するしかありません。「放射線による発がん」資料を作成した放射線影響研究所(http://www.rerf.or.jp/)によると、一般的な放射線量の測定誤差は±35%程度だということです。つまり1Svと測定された被曝量の場合、実際には1±0.35Sv=0.65〜1.35Sv程度の誤差があるわけです。(→http://www.rerf.or.jp/general/research/raditiondose.html)
 放射線影響研究所では、特殊な推定方法を用いて測定誤差を少なくするように努力しています。しかし被曝量つまり実効線量そのものが原理的に誤差が入りやすい値ですから、身長や体重のようなものと比べると被曝量の測定誤差はかなり大きいと思われます。
 以上のことから、被曝量の値には比較的大きな測定誤差があり、低線量領域ほどその測定誤差の影響が相対的に大きくなり、被曝量とリスクとの関係を不確かなものにしていると思われます。

1110. 「放射線による発がん」資料について−16 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/04/14(木) 18:34:09
・疾患の診断誤差
 偶然誤差には数学的な誤差の他に、もっと現実的な誤差があります。コイン投げの場合、それに相当する誤差として例えばコインの鋳造誤差があります。数学的な誤差は、コインの表が出る確率が0.5として計算したものです。しかし実際のコインには鋳造誤差があり、表の出る確率が正確に0.5になるとは限りません。
 例えば鋳造技術が低いためコインが歪むことがあり、表の出る確率には±0.1程度の誤差がある、つまり表の出る確率には0.4〜0.6程度の幅があるとしましょう。仮に数学的誤差がないとすると、このコインを10枚投げて表が6枚だった時(表率60%)は、たとえ表が出やすいようにインチキしたとしても、その効果が鋳造誤差に隠れてしまい、実質的な効果としては表れていないことになります。したがってこのような時は、「実質的にはインチキしていない——たとえインチキしていたとしても、その効果は実質的にはほぼ0である」と判断するのが妥当です。
 表が7枚だった時(表率70%)は、鋳造誤差の範囲から外れているので、一応は「表が出やすいようにインチキしたのではないか?」と疑います。ところがコインを10枚投げた時の90%信頼区間は19〜81%=50±31%であり、実際には±31%程度の数学的誤差があります。そのため表の出る確率0.4のコインを投げた時の90%信頼区間は40±31%=9〜71%になり、表の出る確率0.6のコインを投げた時の90%信頼区間は60±31%=29〜91%になり、結局、鋳造誤差と数学的誤差を足した偶然誤差は50±41%=9〜91%になります。その結果、表が7枚(表率70%)という結果は誤差範囲内になり、「表が出やすいようにインチキした!」と判断することができなくなります。
 表が5枚だった時(表率50%)は、「実質的にはインチキしていない」と判断したいところです。ところが数学的誤差が±31%あるため、例えば表の出る確率0.8のコインを10枚投げた時の90%信頼区間は49〜100%になり、表の出る確率0.2のコインを10枚投げた時の90%信頼区間は0〜51%になります。このため表が出やすいようにインチキしても、表が出にくいようにインチキしても、どちらも表率50%という結果になる可能性が90%程度あることなり、「実質的にはインチキしていない」と判断することができなくなります。つまり鋳造誤差よりも数学的誤差の方が大きい時は、どんな結果になっても「実質的にインチキしていない」と判断することができないのです。

 そこでコインの枚数をもっと増やし、例えばコインを100枚投げたとすると90%信頼区間は41〜59%=50±9%になり、鋳造誤差50±10%よりも小さくなります。そしてこの時、鋳造誤差と数学的誤差を足した偶然誤差は50±19%=31〜69%になります。この状態で表が70枚(表率70%)だったとすると、「表が出やすいようにインチキした!」と判断することができます。
 またこの時、表の出る確率0.4のコインを投げた時の90%信頼区間は40±9%=31〜49%になり、表の出る確率0.6のコインを投げた時の90%信頼区間は60±9%=51〜69%になります。したがってこの状態では、表が50枚だった時(表率50%)だけ「表が出る確率は0.4よりも大きく、0.6よりも小さい」つまり「表が出る確率は鋳造誤差範囲内である」ということになり、「実質的にインチキしていない」と判断することができます。

 放射線の影響を調べる場合、コインの鋳造誤差に相当する偶然誤差としては、例えば疾患名の診断誤差や死因の特定誤差があります、疾患名の診断や死因の特定は100%正確というわけではなく、必ず誤差があります。特に複数の疾患を併発した時などは死因の特定が難しく、死因を特定するための病理解剖をしなければなかなか正確には特定できません。
 「放射線による発がん」資料の場合、被爆群と非被爆群は通常よりも綿密に観察しているため、ガンの診断とガン死亡の特定はかなり正確だと思われます。しかし日本全体の死亡率統計はそれほど正確ではないため、ガンの死亡率にはある程度の誤差があるはずです。そしてその誤差はガンの種類によって異なり、特定しやすいガンもあれば、特定しにくいガンもあると思います。そのためガン死亡率の特定誤差の大きさを決められるのは、医学的な専門家だけということになります。
 1104番の「放射線による発がん」資料について−10で、医学的な誤差範囲である許容範囲に基づいて、死亡率に与える影響を判断できない被曝量を逆算しました。ここで用いた許容範囲はあくまでも仮のものであり、本来は医学専門家だけが許容範囲を決めることができます。しかし「被曝量−死亡率関係のグラフで、非被爆群の死亡率の医学的な許容範囲(誤差範囲)については放射線の影響を判断することはできない」とか、「相対リスクの90%信頼区間が医学的な許容範囲にすっぽりと入っている時だけ、放射線の影響はないと判断できる」ということ自体は正しく、医学的な誤差と数学的な誤差の両方を考慮して結果を解釈する必要があるという意味です。

 医学専門家は「この程度の放射線量では健康被害はない」とか、「この程度のガン死亡率の上昇は医学的に無視できる程度である」と言うことがよくあります。これは「ガンによる死亡者がこの程度増えても大した問題ではない」という意味ではなく、「死亡率にはこの程度の誤差があるから、これくらいの死亡率の増減には実質的な意義はない」という意味のことが多いのです。医学専門家は診断誤差や死因の特定誤差を皮膚感覚で知っているため、結果を医学的に解釈してそういった評価ができるのです。
 しかし疫学調査の結果は数学的な誤差である信頼区間や標準誤差を描かないことが多い上に、医学的な誤差はほとんど表面には表れません。そのため他の分野(例えば工学分野や物理学分野)の専門家は、死亡率を誤差のない正確な値と解釈してしまい、「たとえわずかな死亡率の増加でも、日本人全員(1億3千万人)が被曝すれば無視できない数になるから非常に危険だ!」と解釈してしまいがちです。

 後で紹介するつもりですが、「微量の放射線を浴びることは健康に良い」という「放射線ホルミシス効果」の存在を主張する研究者達がいて、これがラジウム温泉の効能の根拠になっています。そしてランド温泉である三朝温泉の住民を対象にした、30年にわたる大規模な疫学調査の結果では、放射線を浴びない群よりも、微量の放射線を浴びた群の方がガンによる死亡率が低いという結果になっています。
 この研究結果は二次資料しか見たことがないので何ともいえませんが、数学的な誤差と医学的な誤差を合わせた偶然誤差範囲内またはそれに近い領域での研究では、偶然誤差のいたずらで、複数の研究結果がお互いに相反する結果になることはよくあります。これは鋳造誤差が大きいコインを少数枚投げるという行為を何度も行った時、偶然誤差のいたずらで、お互いに相反する結果になることがよくあるのと同じ原理です。

1109. 「放射線による発がん」資料について−15 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/04/13(水) 11:13:29
 低線量領域における被曝量とリスクの関係を見極めることを困難にしている主な原因として、次のようなものがあります。

・偶然誤差の存在
 数学的な誤差、疾患の診断誤差、被曝量の測定誤差等
・系統誤差の存在
 背景因子の影響、生活習慣の影響、生活環境の影響、自然放射線の影響等

 「放射線による発がん」資料の統計学的解説の最後に、これらについて少し詳しく解説したいと思います。

○偶然誤差(random error)
 資料の1.1節(82ページ)で「非系統的誤差(確率的誤差)」と記載されている誤差で、情報不足や不確定要素によって発生するデータのバラツキです。偶然誤差には数学的な誤差、疾患の診断誤差、被曝量の測定誤差などがあります。

・数学的誤差
 確率論的な理由で発生する誤差であり、他の偶然誤差が全くない時でもこの誤差は必ず発生します。一般に、統計学ではこの誤差の大きさを標準誤差や信頼区間で表します。
 数学では確率の説明をする時にコイン投げの例をよく用いるので、この誤差の説明でもコイン投げの例を利用することにしましょう。今、表と裏の出る確率がちょうど半々の理想的なコインが沢山あったとします。そのコインを2枚投げたとすると、その結果は「表・表」、「表・裏」、「裏・表」、「裏・裏」の4通りの可能性があります。そしてこの4通りの結果の中で両方とも表になる確率は1/4=0.25であり、1枚が表でもう1枚が裏になる確率は2×1/4=0.5、両方とも裏になる確率は1/4=0.25です。
 ということはコインを2枚投げるという行為を4回行えば、表が出やすいようにインチキしたのではなくても、1回くらいは両方とも表になることが有り得るわけです。したがって2枚のコインを投げたところ、両方とも表になったからといって、ただちに「表が出やすいようにインチキした!」と判断することはできません。このことからコインを2枚投げた時の結果は、理想的なら表率(表が出た割合)50%という結果になるはずだが、表率100%という結果も表率0%という結果も十分に有り得る、つまり50±50%(0〜100%)程度の誤差を持っているということになります。

 コインの表が出ることを「ガンによる死亡」とし、裏が出ることを「生存」、狙った結果になるようにインチキすることを「放射線の影響」とすれば、コインを投げるという行為は死亡率50%のガンに対する放射線の影響を調査することに相当します。そして2人の人間が放射線を浴びた結果、2人ともガンで死亡した(死亡率100%)としても、その反対に2人ともガンで死亡しなかった(死亡率0%)としても、それが放射線の影響かどうかを判断することはできません。つまり放射線を浴びた2人の人間を対象にして死亡率50%のガンについて調査した結果には50±50%程度の誤差が含まれているので、放射線の影響を正確に判断することはできないということです。
 実際、放射線を浴びない2人の人間を対象にした時の、死亡率50%のガンの90%信頼区間を計算すると0〜100%になります。「相対リスクの90%信頼区間の中に1が入っているので、相対リスクの値によって放射線の影響を判断することはできない」とか、「被曝量−死亡率関係のグラフで、非被爆群の死亡率の90%信頼区間については放射線の影響を判断することはできない」というのはこのような意味であり、「放射線の影響がない」という意味では決してありません。

 それに対してコインを10枚投げた時、10枚とも表になったとしたら、さすがに「表が出やすいようにインチキしたのではないか?」と疑うでしょう。実際、コインを10枚投げた時の90%信頼区間は19〜81%になり、10枚とも表という結果(表率100%)はその範囲からはずれています。このことから信頼区間を狭くする、つまり誤差を小さくするにはコインの枚数を増やせば良いことがわかります。(上図参照)
 ちなみに信頼区間が19〜81%ということは、コインを10枚投げた時、表が8枚だった(表率80%)としても、「表が出やすいようにインチキした!」と判断できないことになります。このことから数学的な誤差の大きさは、感覚的な誤差の大きさよりもかなり大きいことがわかると思います。

1108. 「放射線による発がん」資料について−14(やや専門的) 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/04/12(火) 13:08:26
・図4.7について
 これについては1103番の「放射線による発がん」資料について−9(かなり専門的)を参照してください。

・図4.8について
 この図は0.5Sv(=500mSv)以下の低線量被爆者について、被曝量と固形ガンの罹患率(病気になった率)の関係をグラフ化したものです。罹患リスクの指標としてこの図でも相対リスクを用いていますが、やはり罹患率そのものの方が適しています。
 図に描かれた曲線は「平滑化曲線」と記載されているものの、平滑化の方法は記載されていません。しかし図4.7でスプライン・モデルを利用しているので、この図でもスプライン曲線を用いているのではないかと思います。スプライン曲線は与えられた複数の点を通る滑らかな曲線で、隣り合う点に挟まれた各区間を高次式(二次以上の曲線)を用いて近似する方法です。スプライン曲線は単に平滑化した曲線を機械的に描くだけであり、累積正規分布曲線のような医学的な意味はありません。
 平滑化曲線の上下に描かれている点線の曲線は「1標準誤差の上限と下限」と記載されているので、これは約70%信頼区間になります。そしてこの信頼区間を約1.6倍すれば90%信頼区間になります。

 この図の平滑化曲線を見ると、被曝量が0.15〜0.3Svの領域で平滑化曲線が少し上昇しているように見えます。しかし曲線の上下の標準誤差幅を約1.6倍して90%信頼区間にしてみると、平滑化曲線の上昇幅はほぼ90%信頼区間内の変動であることがわかるので、データの誤差である可能性が高いと思います。しかもこの図のプロット(●)はかなりばらついているので、平滑化曲線ではなく、直線で近似しても累積正規分布曲線で近似しても、この程度の変動は全て90%信頼区間内に入ってしまうと思います。
 この低線量領域における被曝量とガンの罹患率または死亡率の関係を見極めることの難しさについては、あらためて説明したいと思います。

 資料89ページの中央より少し上に、「線量・線量率効果係数(DDREF)」という指標が出てきます。これは低線量・低線量率被曝の単位線量あたりのリスクに対する、高線量・高線量率被曝の単位線量あたりのリスクの比と説明されていて、これに相当するものとして「低線量外挿係数」という指標が推定されていると説明されています。
 低線量外挿係数は「線形二次モデルの線形項に対する直線モデルの係数の比」と説明されているので、低線量領域における被曝量とリスクの関係を直線で近似した時の傾きと、二次曲線(放物線)で近似した時の傾きの比のようです。
 例えば図4.7のプロットを直線y=a・x+bで近似した時、プロットが直線状に並んでいると、xの項の係数aが直線の傾きそのものになります。それに対して同じプロットを二次曲線y=c・x2+a'・x+b'で近似すると、x2の項の係数cは0に近くなり、xの項の係数a'はaとよく似た値になります。
 しかしプロットが放物線状に並んでいて、被曝量が多くなるほどプロットとプロットを結んだ折れ線の傾きが急になっていると、二次曲線y=c・x2+a'・x+b'で近似した時、xの項の係数a'は直線状のプロットの時とあまり変わらずに、x2の項の係数cが大きくなります。それに対して同じプロットを直線y=a・x+bで近似すると、xの項の係数aはa'よりも大きくなります。
 このことから直線と二次曲線のxの項の係数の比a/a'は、プロットが直線状に並んでいれば1に近くなり、プロットが放物線状に並んでいれば1よりも大きくなることがわかると思います。そしてプロットが放物線状に並んでいると、低線量領域で被曝量が例えば0.1Sv増加した時のリスクの増加分よりも、高線量領域で被曝量が0.1Sv増加した時のリスクの増加量の方が多いことになり、線量・線量率効果係数(DDREF)が1よりも大きくなります。

 被曝量−リスク関係を累積正規分布曲線で近似すると、この曲線の傾きに相当する値がそのまま線量・線量率効果係数(DDREF)に相当する指標になります。累積正規分布曲線の傾きが急だと、低線量領域を直線で近似した時の傾きと、高線量領域を直線で近似した時の傾きの比が大きくなります。それに対して累積正規分布曲線の傾きが緩いと、低線量領域を直線で近似した時の傾きと、高線量領域を直線で近似した時の傾きの比が小さくなります。
 1103番の「放射線による発がん」資料について−9(かなり専門的)の図10.3と図10.4を見ると何となくわかると思いますが、累積正規分布曲線の傾きは、個人的な閾値の関数である正規分布の横幅が狭い、つまり個心的な閾値が集中していると急になり、横幅が広い、つまり個人的な閾値が広い範囲に分布していると緩くなります。この正規分布の横幅のことを「標準偏差」といい、累積正規分布曲線の傾きはその標準偏差の逆数になります。これらの指標は、薬剤の用量−反応解析において、用量と反応の敏感性を表す指標として用いられます。

1107. 「放射線による発がん」資料について−13 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/04/11(月) 15:56:27
・図4.5と図4.6について
 これらの図は被曝量とリスクの関係を表したものであり、図4.5が被曝量と白血病の死亡率をグラフ化していて、図4.6が被曝量と固形ガンの相対リスクをグラフ化しています。折れ線グラフのプロット(●)の上下に描いてあるヒゲの説明がありませんが、こういうグラフでは標準誤差を描くことが多いと思います。
 標準誤差は信頼区間を計算するためのベースになる値で、90%信頼区間はこの値を約1.6倍したものになり、95%信頼区間はこの値を約2倍したものになります。そしてこの値を1倍したもの、つまりこの値そのものは約70%信頼区間に相当します。
 なお何度も説明しているように、図4.6の縦軸は相対リスクではなく死亡率そのものの方が適切です。

 3Sv以上の被曝量では、図4.5は死亡率が低下していて、図4.6はほぼ横ばいになっています。被曝量と死亡率の関係は被曝量と個人的な閾値の割合を累積したものになるという関係から考えると、横ばいは有り得ますが低下は有り得ません。
 この原因は明らかではないと資料には記載されていますが、被曝量が多い被爆者の数が少ないことが影響しているのではないかと思います。これらの図の標準誤差は被曝量が多くなるほど大きくなっていて、それは対象者数が少ないことを表しています。そして対象者数が少ないと、誤差が大きくなるだけでなく、対象者の背景因子が偏る可能性が高くなります。
 被曝量と死亡率の関係に低下が有り得ないのは、あくまでも対象者の背景因子が同じという条件の下でのことです。例えば被曝量が多い対象者に若い人が多かったり、女性が多かったり、喫煙者が少なかったりすると、ガンによる死亡率は低下します。
 被爆群と非被爆群は性の割合と年齢が、全体としてほぼ一致するように選択されています。しかしそれはあくまでも全体としてほぼ一致しているだけであり、被爆群を被曝量別にグループ分けした場合、それらのグループの背景因子が全て非被爆群と一致するとは限りません。特に高被曝量のグループは人数が少ないため、背景因子に偏りが生じて、他のグループと異なった背景因子を持つ可能性が高くなります。
 そういった背景因子の偏りを補正して、被曝量と死亡率の関係を求めるためには、多変量解析という手法を用いる必要があります。しかし多変量解析は、対象者数(特に死亡者数)が少ないと結果の信頼性が低くなるという特徴があります。このデータでも本来は多変量解析を適用し、背景因子の補正をして被曝量と死亡率の関係を検討した方が良いのですが、高被爆量では対象者数が少ないため適用できなかったのかもしれません。

 このように放射線量だけでなく背景因子の違いも考慮しなければならないところが、医学分野の研究結果を解釈する時の難しさです。そのあたりの事情を知らない人が図4.5を見ると、「高被曝量では死亡率が低くなるから、2Sv程度の量の放射線を浴びた時は、さらに1Sv程度の放射線を浴びた方が良い」などと即断してしまうかもしれません。
 またガンは生活習慣病であり、性や年齢だけでなく生活環境によって罹患率や死亡率が変化します。そのため特定の地区——例えば原爆が落とされた広島地方や長崎地方、そして原発事故が起きた福島地方——のガンの死亡率は、日本全体のガンの死亡率と一致するとは限りません。そのため放射線の影響を正確に分析するためには、日本全体のガンの死亡率と比較するのではなく、放射線に被曝した人達と同じ地区の、同じ生活習慣の人達のガンの死亡率と比較する必要があります。
 この資料では、被爆群と同じ広島地方と長崎地方の被爆していない人の中から、性の割合と年齢がほぼ一致するように非被爆群を選択しています。そのため、この資料のデータは非常に信頼性が高いものになっています。しかし他の放射線の健康被害に関する研究ではそのような配慮をしていない(できない)ものも多く、結果を解釈する時に慎重な検討が必要になります。
 このことは医学分野の研究者の間では常識ですが、他の分野(例えば工学分野や物理学分野)の研究者にとっては常識でないため、ややもすると表面的な結果だけ見て、放射線の影響を単純に評価してしまうところがあるように感じられます。

1106. 「放射線による発がん」資料について−12(やや専門的) 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/04/09(土) 11:36:45
・図4.3について
 これについては1097番の「放射線による発がん」資料について−5(やや専門的)を参照してください。

・図4.4について
 この図は被曝時の性別年齢別に、相対リスクと絶対リスク(年平均過剰死亡率)の経年変化(加齢変化)をグラフ化したものです。資料には「絶対リスク(年平均過剰死亡率)」と記載されていますが、疫学分野では死亡率のことを「絶対リスク(abusolute risk、AR)」と呼びます。そして絶対リスクの比を相対リスクと呼び、絶対リスクの差を寄与リスクと呼びます。しかし臨床分野ではリスク比を相対リスクと呼び、リスク差を絶対リスクと呼ぶことが多いようです。
 この性別年齢別集団のように、共通した因子——被爆した時の性と年齢が同じという因子——を持ち、時間を追って観測された集団のことを「コホート(cohort)」といいます。そして観測されたデータをコホート別に集計し、コホート内の変化を検討したり、コホート間で色々な比較したりする分析法のことを「コホート分析(cohort analysis)」といいます。図4.4のようなグラフはコホート分析でよく用いられるもので、加齢変化と環境変化を分離して検討することができます。(→当館の「統計学入門・第12章 時系列解析 第7節 コホート分析」参照)

 図4.4の2つのグラフを見ると、奇妙なことに相対リスクは加齢によって双曲線的に減少する傾向があるのに、絶対リスクは加齢によって増加する傾向があり、正反対の変化をしています。これは非被爆群の死亡率の加齢変化が原因だと思われます。
 国立がん研究センターがん対策情報センター(http://ganjoho.ncc.go.jp/)の資料によると、ガンによる死亡率は加齢によって増加し、全体として男性よりも女性の方が低くなっています。(→http://ganjoho.ncc.go.jp/data/public/statistics/backnumber/2010/files/data03.pdf)
 図4.4の相対リスクは、おそらく被爆群と同一性・同年齢の非被爆群の死亡率に対する値だと思います。そうすると被爆群も非被爆群も加齢によって死亡率が増加し、その死亡率の差つまり絶対リスクが加齢によって増加しても、分母となる非被爆群の死亡率が増加すれば相対リスクは小さくなります。そして非被爆群の死亡率が直線的に増加すると、相対リスクはそれと反比例して双曲線的に減少します。
 例えば被爆群の死亡率が1%から2%に増加し、非被爆群の死亡率が0.1%から0.5%に増加したとすると、絶対リスクは0.9%から1.5%に増加しますが、相対リスクは10から4に減少します。そして被爆群の死亡率が10%から11%に増加し、非被爆群の死亡率が1%から1.4%に増加すると、絶対リスクは9%から9.6%に増加しますが、相対リスクは10から7.9に減少します。このことから分母となる非被爆群の死亡率が大きい時は、絶対リスクの変化が同じでも、相対リスクの変化は小さくなることがわかります。
 また絶対リスクの男女差はあまり大きくないのに、相対リスクは女性の方が高くなっています。これも非被爆群の死亡率は女性の方が低いため、相対リスクが大きくなることが原因だと思われます。

 それから相対リスクの変化は、全体として双曲線的に減少しているものの、各年齢群のコホート内での減少の程度は全体の減少の程度よりも小さく、傾きが少し緩くなっています。こういったグラフの場合、各コホートの開始時つまり被爆直後のポイントを結んだ線——図4.4に加筆した赤色の折れ線——が、絶対リスクが一定の時の加齢変化の様子を表します。そして絶対リスクが加齢変化せずに一定の時は、各コホートの変化と全体の変化が同じ傾向になり、各コホートの折れ線が重なって1本の折れ線のようになります。
 しかし絶対リスクのグラフからわかるように、絶対リスクは全体としても各コホートとしても加齢によって上昇しています。このため相対リスクの各コホートの加齢変化は、絶対リスクが加齢によって上昇する分だけ減少率が少なくなり、各コホートの開始時のポイントを結んだ線よりも上に離れていきます。
 つまり相対リスクが加齢によって減少しているのは非被爆群の死亡率が加齢によって増加しているためであり、各コホートの減少の程度が全体の減少の程度よりも少ないのは、絶対リスクつまり被爆群の死亡率と非被爆群の死亡率の差が加齢によって増加しているためだと思われます。

 資料に記載された図4.4に関する考察は、残念ながらこういった相対リスクの特徴とコホート分析の特徴を十分に理解しているとは言いかねる内容になっています。このことから、加齢変化に限らずリスクの変化を検討する時は、被爆群と非被爆群の死亡率の変化をベースにし、それに基づいて相対リスクや絶対リスクの変化を検討する必要があることと、相対リスクは誤解しやすい指標であり、これをリスクの指標にするのはできれば避けた方が良いことがわかると思います。

1105. 「放射線による発がん」資料について−11 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2011/04/08(金) 09:41:48
・表4.2について
 この表は白血病による死亡と同様にして、白血病以外の全ガンによる死亡数と推定過剰死亡数、そして寄与リスク割合を表にし、被曝量とリスクの関係を表したものです。この表に用量反応解析を適用すると、次のような結果になります。
被曝量と白血病以外の全ガン死亡確率の用量反応
被曝量(Sv)死亡率(死亡数/対象者数)
00.0867639(4348/50113)
0.10250.0885009(3391/38316)
0.350.10241(646/6308)
0.750.106808(342/3202)
20.134674(308/2287)


 上図から、被曝量と白血病以外の全ガン死亡確率の関係は累積正規分布曲線と直線がほぼ重なっていて、累積正規分布曲線が急上昇する前の、死亡率が非常に小さい部分に相当することがわかります。
 この場合の非被爆群の90%信頼区間を計算すると、8.469〜8.884%になります。累積正規分布曲線を利用して、死亡確率がこの信頼区間の上限値である0.08884(8.884%)になる時の被曝量を逆算すると0.0810Sv(81.0mSv)になります。このことから0.0810Sv(81.0mSv)未満の被曝量については、その影響を判断できないことになります。

 一方、医学的な許容範囲は、例えば次のようにして推測します。白血病では、41年間で1万人あたり±41人の死亡つまり±0.041%を許容範囲にしました。1種類のガンの許容範囲をそれくらいにしたので、白血病以外の全ガン合計の許容範囲はその10倍にして、41年間で1万人あたり41人の死亡つまり±0.41%を許容範囲にしてみます。この許容範囲を非被爆群の死亡率に適用すると、8.67639±0.41%つまり8.26639〜9.08639%の範囲内の変動は実質的に死亡率の増減とはいえないことになります。

 この許容範囲は信頼区間よりも広いので、許容範囲に基づいて医学的な判断をしても良いことになります。累積正規分布曲線を利用して、死亡確率がこの許容範囲の上限値である0.0908639(9.08639%)になる時の被曝量を逆算すると0.171948Sv(171.948mSv)になります。このことから集団としての閾値は約0.17Sv(170mSv)であり、これより低い被曝量の時は白血病以外の全ガンの死亡率は実質的に増加しないと判断することができます。
 また累積正規分布曲線が急上昇する被曝量は2Sv以上と推測され、個々のガンに対する放射線の影響は白血病ほど敏感ではないと思われます。

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