学生時代のことですが、僕の友人に今時珍しいくらい純情なやつがいましてね。 ほんと、やたらとウブなやつで、女の子の前に出るとすぐに真っ赤になってしまい、話すことはもちろん、まともに相手の顔を見ることさえできないくらいだったんですよ。
ある朝、いつものように教室で悪友仲間とだべっていると、そいつが世にも幸せそうな顔でやってきましてね。
「よー、***(そいつの名前です)! どーしたんだ、そんな嬉しそーな顔して。 下宿でも焼けたか?」
僕がそう尋ねると、彼はニコニコとして、
「いやァー、下宿は大丈夫だけど、昨日の夜、嬉しい夢見ちゃってねェ〜」
「嬉しい夢……? どんなァ?」
「うん、街で○○子さん(某美人女優の名前です)とすれ違った夢でね。
すれ違う時、○○子さんがぼくを見て、ニッコリと微笑みかけてくれちゃったりなんかしたんだよ」
(こいつが某美人女優の熱烈なファンだってことは言いましたっけ? 実はそうなんですよ。)
「ほー、そいつは良かったなあ!
で、お前、彼女と何かしゃべったのか?」
「と、とんでもないっ!
そ、そんな恐れ多いこと、できるわけないよォ!」
「ばっかだなー、お前はァ!
どーせ夢なんだろー?
夢なら、何やろーとお前の勝手だよ。
夢ん中でなきゃー、○○子さんとなんかしゃべれるわけないぜー」
「そ、それはそーだけど、でも、○○子さんとしゃべるなんて、そんな……、何しゃべったらいーのか、見当もつかないし……」
「何でもいーからしゃべっちゃえよ。
どーせ夢なんだから、思ったこと、そのまま言っちゃえばいーのさ。
『僕とデートしてください!』とか何とか、何だっていーからさァ」
「う、うん、それもそーだね、何しろ夢なんだからね……」
とつぶやくように言うと、彼は決心したらしく、きっぱりとした表情で、
「よおーし、もし今日、○○子さんの夢見たら、思い切ってデートに誘ってみよーとっ!」
それがいい、それがいい、いーか、女性をデートに誘うにはだな……と、僕等の仲間で女性経験が豊富なことを自慢にしている男が、必勝デード勧誘法を伝授したりしたんです。
次の日の朝、そいつが昨日よりももっと幸せそうな顔で教室にやってきましてね。 満面に笑みを浮かべながら、
「ねーねー、聞いて聞いて!
昨日も、また○○子さんの夢見てねー、今度はね、思い切ってデートに誘ってみたんだよ!」
「ほおー、やったか!
……で、首尾はどーだった?」
「それがねー、自分でも信じられないくらい、スムーズに話ができてねー。
『いいわ、喜んでお付き合いしますわ』なんて、ほんと、まるで夢みたいな気分だったよー!」
「そりゃそーだろー、ほんとに夢だもんなー」
僕等も面白くなって、よし、それじゃー次はデートだ、デートの仕方を教えてやる、いーか、最初は紳士的な態度で接して、それから頃合いを見はからって、何気なく手をつなぐか、腕を組むかしてだな……などと、みんなで入れ知恵をしたりしましてね。
またその次の日の朝、彼はほとんどスキップせんばかりの足取りで教室に現れるなり、僕等のところにとんできたんです。
「ねーねー、みんな、聞いて聞いてー!
うまくいっちゃったよ、○○子さんとデートしちゃったよーっ!」
「そーかそーか、そいつはでかした!
で、手ぐらい握ったのか?」
と聞いてやると、彼は真っ赤になって、もじもじしながら、
「……う、うん、ちょこっとだけど……。○○子さんも、嫌がらなかったし……」
僕等も、こーなりゃ最後まで付き合ってやるかとばかりに、よしよし、順序として次は当然Aだな、Aって何か知ってるか? Aってーのはな、キスのことなんだぞ、うまくいけば次のBまで一気にいっちまえよ、ん、Bか? Bは**ティングに決まってるだろー、ほんとおくてなやつだなー、お前は……などとABCから教えだし、彼も本当にデートするみたいにマジになって興奮したりしましてね。
またまたその翌朝、彼は恍惚とした表情をして、雲の上でも歩いてるような足どりで教室に現れたんです。
「おーおー、現れたな。 どーした、ボーッとして。 神の啓示でも受けたか?」
僕がわざとそう聞いてやると、彼は恍惚とした表情のまま、
「……う、うん、そーみたい……。まるで、まるで本物の女神みたいだったよ、彼女の唇と…その…その…柔らかい、か、か、か、か……」
「おいおい、大丈夫かァ!?
か、か、かって、まるでカラスだね。
ヤブ蚊にでも食われたか?」
彼がBまで成功したとわかると、僕等もさすがに興奮してしまって、さあ、次はいよいよCだな、そー、Cだよ、Cってナニのことなんだぞ、わかってんのか、お前、今度がほんとのナニだからな、絶対失敗するんじゃないぞ、いーか、あせったらダメだぞ、まず、それらしいムードを盛り上げてだな……などと、経験豊富を自認するやつらがよってたかって手ほどきし、あげくは、やれ、寝る前に生卵を飲むといいとか、いやいや、俺の経験ではリ*ビタンが一番だったとか、とにかく、みんな、ほとんどマジになってこまごまと教え込んだわけですね。
彼も、いくら夢とはいえ何しろ初体験ですから、やたら興奮しまくって、避妊法ってどーしたらいいの? なんて、もー完全にマジなんですよ。
さて、問題のその翌朝。 いつもより遅く教室にやってきた彼を見て、僕等は思わず息を飲んでしまったんです。 髪はぼさぼさ、目は落ちくぼみ、うるんだ目の下にくっきりと隈をつけ、こけた頬からあごにかけて、のび放題の不精髭、おまけに憔悴しきった表情に、うつろな足どり──しばらくは誰も声をかけられないくらい、ひどく哀れな様子でしてねェ。
「……お、おい、ど、どーしたんだ、一体!? ……やっぱり、初めてだから失敗したのか? ……それとも、最後になって彼女にフラれたのか……?」
と思い切って尋ねると、彼がボソッと一言。
「……興奮しすぎて……眠れなかった……」
ちなみに、この哀れな男は今はインターネットにハマっており、「我楽多頓陳館」などとゆーふざけた名前のホームページを開いているそーです。
これで、この頓陳館に18才以上禁止コーナーがあるわけが、おわかりいただけましたでしょうか?(^_^;)